FROM FIELD
丹 律章
FIELDISM
Published on 2006/05/26
雪解けのころ
2006年5月3日・4日、岩手県
写真と文=丹律章
春の渓流は難しい。
水温が低く魚のやる気がまだまだ低い。
雪シロがガンガン出て、川が増水するので歩くにも体力がいる。
もっとも、夏の渓流は水温が高すぎて釣りにくいし、秋の渓流はトラウトが産卵を意識するので釣りにくい。
概ね、いつの時期でも魚は釣りにくいもので、例外があるとしたら、水温が安定してアユなんぞを追いかけている初夏のいっときくらいだろうか。
だから、難しいのは春だけではないのだけれど、それを承知した上でこう書き始めさせていただく。
春の渓流は難しい。
神奈川に住んでいる僕が、岩手で釣りをするのにはいろいろな条件が必要となる。共働きで、子供が小さいとなおさらだ。
プライベートで、1週間家を空けるなんてまず不可能。2日くらいなら何とかなるかもしれないけれど、2日の日程で岩手を往復する気力も体力も僕にはない。
釣り雑誌のライターという仕事の性格上、仕事を絡めればこれも可能な気配が漂うが、そういうときに限って都合のいい仕事は舞い込んでこない。
そういう困難さが伴う釣りであるが、ゴールデンウィークとお盆の時期には家族で帰省するのが恒例なので、子供をジジババに預けて釣りに行くことが可能となる。
そこで今年のゴールデンウィークも釣りに行くことにした。
まず、伊藤秀輝さんに電話をする。
僕の実家が盛岡にあるのはこういうときに非常に便利だ。
「あのですね、4月の末に帰省しますから5月の始めころに釣りに行きましょうよ」
釣りに行きましょうよとは、釣り場を案内してくださいという意味でもある。仕事を拡張してしまって、ますます多忙な伊藤さんに釣りの案内を頼むとは、僕もなかなか図々しいものである。
伊藤さんと釣りに行くのはいいが、1泊2日くらいでの釣りとなると、夜の宴会が2人というのはちと寂しい。そこで福島の吉川勝利さんに電話する。
「あのさ。5月の始めに伊藤さんと釣りするんだけど、岩手に来ない?」
彼の住む福島の浜通りから岩手の盛岡までは結構な距離があるのだが、長距離ドライブで疲れるのは僕ではない。
5月3日。
前日から集合してしまって、しこたま酒を飲んでしまった僕らは、7時ごろにのそのそと起き出し釣りの準備をする。前夜のジンギスカンで体力は充実しているはずだが、それを打ち消すほどのアルコ-ルの摂取が頭を重くしている。
まず向かったのは雫石川の支流である。
多少濁っているが、増水はそれほどではない。支流の中流にある、堰堤と堰堤の間を釣ることにした。林道から堰堤上のプールに降りて、まずはプールを探る。
冬の間、こういう深場で過ごしたヤマメやイワナは、春になって雪が解けて、川の水温が上がると流れに入り始める。どのへんに魚がいるかを考えながら、最下流から探っていく。3人でルアーを投げまくるが、小さなイワナがミノーをチェイスしただけ。あきらめて上流を目指す。
倒木が水中に複雑に入り組んだインレットのエリアでは魚は反応せず、上流へ歩くとちょっとした深みがあった。瀬から続く長めの深瀬だ。この河川規模では大場所に属する。
「そこやってみて」と伊藤さんはポイントを僕に譲って、さらにひとつ上のポイントへ向かった。
15mほど先の白泡の中へバックハンドでルアーを飛ばす……はずだったが、上から垂れ下がる木の枝にびびって、ルアーは1mほど右にそれた。
それでもトゥイッチングすると、20センチ弱のヤマメがミノーにじゃれ付いてフッキングした。
「いるじゃないか」
上流から見ていた伊藤さんが、「小さい?」と身振りで聞いてくる。右手の親指と中指を広げてそれに答える。
リリースして2投目。今度は上手く狙った場所に入った。トゥイッチングを始めて、1mほどリトリーブしたとき、水面がきらっと白く光り、僕は慌ててロッドをあおる。さっきとは違う重い手ごたえだ。
普通ヤマメは、秋に産卵したら死んでしまう。だからこの時期にはせいぜい25止まり。それが僕の経験値だった。だからでかいと分かったとき、一瞬イワナだと思った。でも違うんだな、どこか。
足元に寄せた魚はヤマメで、尺近くあった。
僕が大騒ぎしているのを見て、伊藤さんと吉川さんが戻ってくる。ネットに入れてメジャーを当てると31センチ。産卵を経験し冬を越したメスだ。
放流のヤマメは産卵するとほぼ100%死んでしまうが、ネイティブ、つまり本ヤマメは死なない。全部死なないのか、死なない個体もいるのかは知らないが、こういう冬を越す個体がいるのは確かだ。
これが本ヤマメかどうか……少なくとも100%放流魚の血ではない。ネイティブの血が混じっていることは確か、というのが伊藤さんの見立てだ。
それは本当にきれいで、腹はへこんでいたものの体色などは盛期のそれだった。
伊藤さんと吉川さんが気をつけの姿勢で、声をそろえて「さすがですねえ」という。戻ってくる間に打ち合わせをしたのは間違いない。
だが、渓流のエキスパート2名に「さすがですねえ」といわれたら、答えないわけにはいかない。
「そうでしょ。ヤマメの釣り方教えましょうか?」 FIN
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS |
LURE | Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT |
ANGLER
丹 律章 Nobuaki Tan
ライター
1966年岩手県生まれ、神奈川県在住。フリーランスライター。「ルアーフリーク」「トラウティスト」の編集を経て、1999年フリーに。トラウトやソルトのルアー、フライ雑誌の記事を多く手掛ける。伊藤秀輝とは「ルアーフリーク」の編集時代に知り合い、25年以上の付き合いになる。