イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

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FIELDISM
Published on 2018/05/31

本アマゴへの旅

アングラー・写真=小沢隼人
文=丹 律章

朱点のある魚


「赤い点が無いと物足りないんです」


 そう小沢隼人は言う。


 赤い点とは、アマゴの体に散りばめられている朱点のことだ。


 岩手で生まれて東北で釣りを覚えた僕にとっては、できればあの赤い点はない方がいい。無い方が自然に思える。つまり、アマゴよりもヤマメの方が慣れ親しんだ魚であり、平たく言えば好きなのだ。


 しかし、小沢は朱点が無いと物足りないという。育った環境が違うのだから違うのは当たり前で、ヤマメやアマゴよりもイワナが好きな人もいるだろうし、北海道民ならばニジマスが一番かもしれない。


 小沢の故郷は長野の茅野である。


 長野には、日本海へ流れる犀川(信濃川の支流)もあって、日本海側の川のネイティブはアマゴではなくヤマメなので、ヤマメにも近い環境にあるのだが、茅野周辺は太平洋へ注ぐ天竜川の上流部にあたり、太平洋側の河川は神奈川県の小田原に河口がある酒匂川を境に、東がヤマメ、西がアマゴと棲み分けがなされているので、静岡の浜松の東に河口がある天竜川水系はアマゴの川ということになる。


「子供の頃、近所の川にアマゴがいたんです。釣りを覚えたのは小学校3、4年でしょうか。最初はもちろんエサ釣りです。ヤスで突いたり、網ですくったりという遊びもしていましたね」

大きな頭部が黒ずんでいて、本流にいる銀色のアマゴとは違う魚に見える


 時代的な背景を考えると、その時のターゲットであるアマゴが、天然の種類である可能性は高い。だが、もちろんその時の小沢少年は、それが天然ものか放流の魚かという次元でアマゴを認識してはいない。天然、本アマゴという概念を得るのはもっと後のことになる。


本ヤマメと本アマゴ


 天竜川の源流部にあたる小沢のホームリバーは2月16日が解禁だが、その時期は水温が低くてまだ釣りにならないという。


「実質的には4月下旬くらいがスタートで、5月中は本流の釣りがメインになります。6月から渓流域の釣りを始めて、6月下旬からが渓流の本番。標高が高いので真夏でも釣りになって、9月いっぱいハイシーズンが続きます」


 8月のお盆前くらいから9月にかけては、アマゴのサイズも上がり、なにより魚も狡猾になってくるので、より難しく、奥深いゲームが楽しめるという。


「難しいから好きという部分は少なからずあります。自分でこうやったからこそ釣れたんだという満足感を得られるのが、この釣りのいいところです」


 現在小沢が狙っているのは、天然のアマゴ、つまり本アマゴだ。しかし、以前はそうではなかった。サイズを求めて本流へ通っていた時期もあった。


「24、25の頃は、とにかくでっかいアマゴが釣りたくて、でっかいのを求めるとどうしても本流になるから、そういう釣りばかりしていました」


 転機は20年ほど前。「トラウティスト」という雑誌に掲載された「本ヤマメへの旅」という記事を読んだことだという。


「衝撃的でした……子供の頃に釣り師だった祖父に連れて行ってもらって山奥でアマゴと釣ったことがあるんですが、その時の記憶がよみがえってきて、ああ、あの時のアマゴが、もしかすると本アマゴなのかなと思っちゃったんです。その結果として、本流ででっかいのを狙う釣りから、山奥で本アマゴを探す釣りへと、自分の釣りの方向が変わったんです」


 手前みそになるが、「トラウティスト」は1998年に僕が立ち上げた雑誌で、「本ヤマメへの旅」は伊藤秀輝に協力を得て毎号掲載した人気企画だった。


 放流のヤマメと比較して、色合いやパーマークの形など個性が強く、野性的なヤマメを取り上げた企画であり、パーマークが縦に伸びるトラヤマメや、小さな黒点が異常に多いマダラ、ヒレが金魚のように赤い紅ヤマメなど、企画内で名称をつけて(つまり、正式な呼び名ではない)紹介した。


 僕の記憶では、当時そんな企画は他になかった。だからこそ、読者からの反響もよかった。


「本ヤマメへの旅」という、伊藤と僕が放り投げたボールは、日本全国で多くの人に届いたはずだ。そのうちのひとつが長野に落ちてきて、小沢がしっかりとキャッチしたということなのだろう(その小沢が、今はイトウクラフトのフィールドスタッフとなっているのだから、縁というのは不思議なものである)。


 それ以来、小沢のメインターゲットは本アマゴになり、20年に渡ってその旅は続いている。


獰猛で攻撃的、かつ臆病


「地元の川は、アマゴの川としてはあまり適していないように感じています。上流に行くとすぐイワナの川になってしまうんです」


 茅野は海抜800m程度の場所にあり、町自体の標高が高い(蛇足だが、茅野市役所は日本で一番高い場所にある市役所である)。標高が高いからこそ本流域にもアマゴはいるのだが、小沢が狙うような渓流エリアに入ると、さらに標高がぐっと上がり、落差のあるイワナの渓相になるのだ。


「だから、渓流域でアマゴを狙える区間が短いんです。伊藤さんが住んでいる雫石を訪ねて釣りをしたとき、こういう川がヤマメの川なんだなと実感しましたね」


 長野では、こんなところにもいるの? というくらい、意外な場所にも、街中の本流にもアマゴは生息しているが、本流アマゴは姿かたちが都会的だという。


「それに比べて、山奥のアマゴはグロいんです。それがいいんですよね、力強くて」


 たとえば秋になって、オスアマゴの鼻が曲がってきた個体を比べても、本流のアマゴは猛禽類みたいだが、山のアマゴには爬虫類的な印象を受けるらしい。


 性格も大きく違う。


「本流のアマゴは攻撃性が少なくて、だけどスレが取れるのも早い。だから釣りやすい面がある。それに比べると、山の本アマゴは獰猛で攻撃的なんですが臆病な面もあって、一度警戒心を持ったら、スレが取れるのに時間が掛かります。だからこそ、シーズンが進むにしたがってどんどん釣りが難しくなる。それがまた楽しいんですが……」


 山の本アマゴを狙う小沢は、地元では少数派だ。周囲の釣り人の多くは本流のでかいアマゴを狙っている。


「たまたま俺はこっちに来たけど、サイズ狙いの釣りも全然否定しないし、その楽しさも分かっているつもりです。でも、やはり俺はこっちの魚の方がいい」


 ルアー、フライ、エサ釣り。本流、渓流、源流。釣りのスタイルはそれぞれであり、そのどれにも独特の楽しさがある。小沢はたまたま渓流域の本アマゴに出会って、のめり込んでしまっただけの話だ。


「さらにいえば、天竜川水系ではなく、木曽川の水系で本アマゴ系の魚を釣ったこともありますけど、グロさでは地元の山奥のアマゴの方がグロい。だからこそ貴重だし、大切にしなければと思っています」


 グロテスクなアマゴを捜して山を歩きながら、警戒心の強い魚との駆け引きを楽しむ。それが小沢の釣りであり、彼にとっての本アマゴへの旅なのだ。


「トラウティスト」の「本ヤマメへの旅」と出会ってから20年。そしてそれは、これからも続いていく。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC 510PUL/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
MAIN LINE Cast Away PE 0.8/SUNLINE
LEADER Trout Shock Leader 5Lb/VARIVAS
LURE Bowie 50S/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


小沢 勇人
Hayato Ozawa

イトウクラフト フィールドスタッフ

1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。