FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2013/12/27
ラインの遊びを考える
2012年9月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜
水中のミノーをロッドワークで自在に操作する。狡猾な魚を惑わし、誘い出して、ルアーに反応させたところでさらにその追い方を見ながらアクションを変化させる。誘いのギアを次々と入れ替えながら、様々な泳ぎを駆使して口を使わせる。
伊藤秀輝の渓流ミノーイングは、その部分だけを切り取って見ても最高にスリリングであり、そしてやはり究極にテクニカルな釣りだと言える。
しかし伊藤はそんな熱い駆け引きの、さらに先のことを考えている。バレないようなルアーの噛ませ方と完璧にフックアップさせるロッドワーク、ランディングに持ち込むまでの確実な流れを常に明確にイメージしている。
ゾクゾクするような素晴らしいヤマメを釣りたい。毎シーズン、誰よりも強くそう願っている。そのために思い描いている幾通りものシナリオを実現させる上で、絶対に避けては通れないのが、やはり「スレた魚をいかに釣るか?」という問題である。
人為的プレッシャーを強く感じている魚を手にするために、伊藤が考えていること。それは釣りのありとあらゆる要素に及んでいるわけだが、たとえば「ラインの遊び」について。
緻密に誘いを掛けながら、ラインの遊びをコントロールすることで、フッキング率を高める。この意識が現在の伊藤の渓流釣りでは欠かせないものになっているのだ。
後ろから伊藤の釣りを見ていて、トゥイッチで誘いを掛けている時の糸フケの出方が、10年位前と比べて変化していることには気付いていた。
もちろんポイントの状況によっても変わってくるが、同じナイロンラインを使っていても明らかに糸フケの量を抑えながら、つまりラインの遊びを減らして誘っているのが気になった。以前からラインの遊びは極端に少なかったけれど、さらに少なくなっている。
その理由を伊藤は当然のごとく、こう語った。
「魚のスレの度合いが、10年前とは比べものにならないくらい強まってるし、そのせいで、ルアーを噛む力が格段に弱まってる。それをカバーするためだよ。テールフックに軽く触れるだけの一瞬のショートバイトを取るためには、ラインの遊びは当然少ない方がいい。どんなに素早くアワセを入れても、ほんのわずかなロスでフックアップできない魚が増えてる。それぐらい状況はシビアになってるよ」
しかし、いかに糸フケの量を減らしながら誘っていても、ナイロンラインではアワせた瞬間、ライン自体の伸びによってパワーロス、タイムロスが生じてしまうのはどうしても避けられない。
伊藤の中で徐々にPEラインの使用頻度が増し、今シーズンに至ってはほぼ全ての渓流釣行をPEラインで通したのも、そこに理由の一端があった。
ラインの数センチの伸びによってアワセの間に合わない魚がいる。信じられない人もいるかもしれないが、伊藤がいつも思い描いてる大ヤマメとは、そういう魚だ。
PEラインとナイロンラインの使い分けについてはまた別の機会に話をするとして、ここで言っておきたいのは、どのラインにもメリットとデメリットがあり、使用する状況や釣り人の使い方によってその評価は違ってくるということ。
そして、そのメリットとデメリットは背中合わせに存在している。
たとえば伊藤がPEラインのメリットのひとつとして感じている「遊びのなさ」は、使い方によってはデメリットにもなり得るということ。だから渓流というフィールドに関して、とりわけアップストリームで釣り上がっていく規模の川ではナイロンラインが今も主流である。ショートレンジの細かなキャストを速い手返しで繰り出し、ミノーが水中にある間は絶えずロッドをトゥイッチしてアクションを加える。渓流ミノーイングのそうしたスタイルにおいては、適度に伸びがあり、なお且つ張りとしなやかさを併せ持つナイロンラインが、やはりトラブルが少なく扱いやすいと感じる釣り人が多いだろう。
ラインの性質が、使い手次第でメリットにもデメリットにもなるのである。伸びと張りのないPEラインでは、ナイロンのような糸フケを利用した誘いができないから、必然的に「遊びの少ない釣り」になる。一日中、常にラインに遊びのない状態で渓流のアップストリームをトラブルなく完璧にこなし続けるのは、試してみればわかると思うけれど、かなり容易じゃない。もちろん誘いだけでなく、キャスティング、アワセ方、魚とのやり取りの面でも、PEならではの操作が少なからず必要になる。
伊藤はこう言った。
「渓流でPEラインを使いこなすには、より繊細なタッチが求められると思う。でもレスポンスが上がる分、使いこなせば、より多くミノーにヒラを打たせることもできる。アップストリームが主体の渓流ではナイロンのようなごまかしは効かないのがPEの釣り。今まできちんと操作できていたか、釣りをしっかり突き詰めてきたかが問われると思うよ」
ちなみに僕は、使いこなすことができなかった。トラブル頻発でぜんぜん釣りにならず、すぐに挫折してしまったのだ。そんな僕は渓流でPEラインのメリットを享受することができない代わりに、ナイロンラインの良さを改めて実感したりもした。
…とは言うものの、ネットに収まった大ヤマメを見て、「この魚はPEじゃなかったら絶対に釣れなかったよ」と伊藤が言うのを聞くと、また挑戦してみようかな、と性懲りもなく思うのである。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3/ABU |
TUNE UP | Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT |
MAIN LINE | Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS |
LURE | Bowie50S/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。