イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2013/04/05

閉伊川のマスに想う
前編

2012年4月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文=佐藤 英喜

 昨年春、伊藤秀輝は久しぶりに閉伊川のサクラマスと向き合っていた。


 ここ数年は足が遠のいていたが、閉伊川によく足を運んでいた頃の話を尋ねると、フェンウィックのヒューチョが話題に登場するくらい、彼と閉伊川の付き合いは古い。ヒューチョは今から20数年前のロッドだ。ルアーもまだサクラマス用のミノーなどは売られてなく、チヌークやクルセイダーそれからトビーといったスプーンオンリーの釣りだった。


「当時は春先になると、地元のオヤジさん達がハヤのガラ掛けと言って下流部に並んでてさ、そこで2、3本マスが掛かるとその話が釣具店に回って、それを聞き付けた釣り人が動き出す、っていう流れだったな。ただ魚のサイズ的には自分の釣果を思い返しても、50cm前半とか、良くて55、56、その辺りのマスが多かったんだ。当時から試験放流は行われてたし、その種が変わってきたのか、今と比べてアベレージサイズは小さかった」


 目に映る川の様子もやはり変わったと言う。


「今はどこの川もそうだけど、やっぱり浅くなった。底が徐々に埋まってきて、葦の面積も増え、フトコロと呼べる場所が少なくなってしまった。流れの押し具合がちょうどいい、通し水のある淵だった場所が、今はさらっとした瀬に変わってる。ワクワクするポイントが減ったのは残念だね」


 そして、この閉伊川を語る上で、伊藤の心を大きく占めているのは菊池功さんの存在だ。


 功さん自身が閉伊川のサクラマスに誰よりも熱心に取り組んでいた、ということもあるし、何より功さんとの懐かしい思い出が、この川に立つと芋づる式に伊藤の記憶から飛び出してくるのだった。


 なかでも印象に残っているのが毎年恒例となっていた解禁当初の釣行だ。今から15年ほど前、3月になり岩手の川が開くと、伊藤秀輝、菊池功、菊池久仁彦の3人で閉伊川に立ち、一緒にその年の初釣りを迎えていた。この閉伊川から、彼らのシーズンが始まっていた。


「魚がどうのこうのよりも、まずは3人で顔を合わせて、今年もいよいよ始まったなあって感じで初釣りをワイワイ楽しんでた。思い出すのは、3人とも店で売られてる弁当がまったくダメでさ、すぐに食あたりしてしまうんだよ(笑)。あれは不思議と3人共通の体質だったな。ここ数年になってのコンビニ弁当はいいんだけど、当時はご飯にも防腐剤がいっぱい入ってたせいで、とにかく胃が受け付けなかった。どうしようもなく胸焼けがして、もう釣りどころじゃなくなるわけ。だから、家からオニギリやパンをどっさり持って来て、あとは現場で食パンを焼いてホットサンドを作ったりね。そういうのも含めて、本当に楽しかったんだ。特にコンビーフを焼いて作ったホットサンドは抜群にうまかった。(功さんも生前、伊藤が作ったこのコンビーフ入りのホットサンドの話題で盛り上がり、懐かしそうにその頃のことを振り返っていた。功さんにとっても忘れがたい思い出だったのだ)」


 2012年4月、伊藤は6年振りに閉伊川の河原に立った。この日は吉川勝利、小田秀明も一緒だった。春の澄み切った空気のなか、それぞれ思い思いのポイントでキャストを始める。


 まず最初のヒットは伊藤に来た。


 フトコロの少ない川では、もともと速い流れがさらに一本調子に感じられる。ポイントに関して伊藤は、まあ当たり前のことだけど、と前置きして次のように話す。


「川に深みが減って、マスが安心して定位できる場所が少なくなった今は、例えば魚が身を寄せられる岸やストラクチャー、その『キワ』がひとつの勝負所になる。広いポイントでも、マスが着くのはたった一筋の流れなんだよ。それを見つけてきちんとルアーを操作できれば、フトコロのない川でも問題なく勝負できる。それに流れが速いと言っても、その状況に合わせた釣りをすればいいわけでしょ。いつも同じリーリング、同じ操作の仕方では釣りにならないわけで、立ち位置を含めてそのポイントに合ったベストの操作をすればいい。車でも、雨でスリッピーになった路面とドライな路面とでは攻め方がぜんぜん違うでしょ?」


 ただキャストして巻くだけ、ではなく、伊藤は常にピンスポットを見ている。


 上っ面の流れとその一枚下の流れは違う。中層以深の流れを見抜けばいい。釣り人なら全部言わなくてもわかるでしょう、といった感じで話が終わる。


 マスが着く中層~下層の流れで最も効果的にヒラを打たせられるルアーがWOOD85だ。


 キャストしたWOOD85がその流れをとらえ、そこから伝わる微妙な抵抗で、「やっぱりここだ」と伊藤は確信を得た。ちょうどいい押し具合の流れが対岸をかすめている。そのキワで誘いを掛け、そこから流れの芯まで追わせて口を使わせた。まさしく会心のヒットだった。

久しぶりに釣り上げた閉伊川のサクラマス。 太くてパワフルな魚体が目を引く

 

 春光が反射する銀ピカの、太くてボリュームのある魚体がネットに収まった。伊藤は久し振りに手にした閉伊川のサクラマスに目を細めていた。


「功の大好きだったこの川で、これからは俺たちがマスを釣っていかないと。毎年、功と一緒に閉伊川のマスに会いに来るのさ」


 自分に言い聞かせるように伊藤は言った。


 そして、伊藤のヒットに吉川と小田も続いた。彼らの釣行の模様は次回の後編にて。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
REEL Exist Hyper Custom 2508/DAIWA
LINE Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
LURE Wood 85・18g[GS]/ITO.CRAFT
LANDING NET prototype/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。