イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2012/08/24

釣れるミノー
その背景にあるもの

2011年8月、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜

 渓流を歩きながら、伊藤がこんな話を切り出した。


「ミノーのアクションにもいろいろあるけど、ヤマメの好む動きっていうのがあるんだ」


 いろんなフィールドのさまざまな状況で、たくさん魚を釣ることで見えてくるものがある。ヤマメの反応とルアーのアクション、その相関関係が浮かび上がってくる。


 これまで積み重ねた数多くのヒットシーンから学んできたことを、伊藤は自らがデザインするミノーのアクションにフィードバックしてきた。魚が「釣れる」「釣れない」、その狭間にある謎に長く挑み続けてきた釣り師としての経験が、まさしく釣れるミノーを生んできた。


 そして、伊藤はこう続けた。


「その、魚が好むアクションというのは、一般的にはミノーの自重が重くなればなるほど失われていくものなんだ。そこがいわゆるヘビーシンキングの難しさ」


 例えば、蝦夷50Sファースト・タイプⅡというミノーがある。5㎝ボディに4.4gの自重を持つこのヘビーシンキングが高い実績を出し続ける理由が、伊藤の言葉のなかにある。つまり、重さの割に、彼の理想とするアクションを犠牲にしていないのだ。


 今やもう、レンジさえ合えば釣れるというそんなイージーな状況にはなかなか巡り会えない。ただ単にルアーを沈めるだけでは、魚を余計にスレさせるし、次への展開にまで大きくダメージを与える。


 ヘビーシンキングとしての有効性を保持しつつ、そこに「魚の好むアクション」を残しているからこそ、釣れる。素材自体が豊かな浮力を有するバルサミノーのようにはいかないまでも、蝦夷50Sファースト・タイプⅡは、シビアなセッティングによってこの重さのプラスチックミノーとしては常識外のアクションを実現しているのである。


「当たり前のモノはいらないんだ。これぐらいウエイトがあると、コケやすかったり、ワンアクションごとの戻りが遅かったりするのが普通だけど、そういう常識の枠を完全に超えてるミノーだよ。トゥイッチの細かい変化、バリエーションにも反応して、しっかりとヒラを打ってくれる。きちんと操作できて、ヤマメの好む泳ぎを演出できる。そういうミノーでなければ自分としては開発する意味がないし、フィールドで使う意味がない」


 8月のある日の釣行。しばらく日照り続きで渇水した川を釣り上って行くと、上流に堰堤が見えた。堰堤直下は広さと深さを持ったプールになっている。河川規模からしたら期待せずにはいられない大きなフトコロだが、こういう大場所を釣る難しさもまた、想像に難くない。


 やはり分かりやすいフトコロだけに、ひっきりなしに釣り人が竿を出しているのだ。きっとプールのどこかにいるはずの尺ヤマメは、これまで数々のルアーを見切ってきたツワモノだと想像できる。


 いつものことだが、大場所だからといって釣りが雑になることは絶対にない。


 蝦夷50Sファースト・タイプⅡをスナップにセットし、その圧倒的飛距離を生かして堰堤直下の白泡にきれいに着水させる。そして、神経の行き届いた細やかなトゥイッチでヒラを打たせていく。


 水中の様子やミノーの動きを目視することはできないが、ロッドの感度と、何よりカーディナルの「目」としての役割が、プールのなかで起こっている微妙な水流の変化やそこにあるミノーの状態を、伊藤の手のなかにハッキリと感じ取らせている。


 だからこそ、ミノーに与えた泳ぎの性能を最大限に引き出すことができる。


 10投近くしただろうか。静かに誘いを掛けていた伊藤が突然、鋭い動きでアワセの構えを取った。しかしロッドが魚の重みを捉えることはなく、何も起こらなかった。


 次のキャスト、同じラインを通すも反応はない。さらにもう一度通す。水中で生じている見えない攻防、その駆け引きに意識を集中させ、ミノーを自在に操作する。


「こういう堰堤プールの攻め方はいろいろあるけど、ここは常にプレッシャーが高くて、プールのド真ん中や開きに大きなヤマメがいることはまずない。今回は白泡の下に身を潜めていた魚を誘って誘って、白泡からの流れが巻いてる筋の変わり目で食わせるイメージ。その通りの誘いで食ってきたね」


 押さえ込むようなアタリにすかさずアワセを入れ、バットパワーで寄せてくると、そのヤマメは手前1mのところで盛大に水しぶきを上げ、中層でギラリと身をひるがえした。いいサイズだ。底への突っ込みを何度かロッドワークでかわすと、尺を超えた素晴らしいヤマメが伊藤のネットに収まった。ネットのなかを覗き込むと、美しいパーマークを浮かべた雄の夏ヤマメが息を荒げていた。


 酷暑を吹き飛ばす必然の一尾が、伊藤のネットに収まっていた。

ルアーは蝦夷50Sファースト・タイプⅡ。自重を感じさせない軽快でキレのあるヒラ打ちが数々の大物渓流魚を仕留めている

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
LINE Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[AU]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。