FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2011/12/30
川で学ぶ
2011年8月30日、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜
盆を過ぎ、「空気が秋めいてきたな」と思っていたら、夏の猛烈な暑さがぶり返した。
そんなある日、早朝の森を伊藤秀輝と歩いていた。
伊藤が、ヤマメ釣りの難しさと楽しさについて話を始めた。
「季節の進み具合で、攻め方、誘い方は変わるし、先行者や通っている人のクセによっても、その日その日でヤマメのスレ方、着き場は違うから、それに合わせた釣りをしなければいけない。芯に入ってる魚、カケアガリに着いてる魚、キワに着いてる魚、瀬の肩に着いてる魚、それぞれの理由があってヤマメはそこに着いてる。自然が舞台だからね、同じシチュエーションは1つとしてないんだよ」
そして伊藤は、日々刻々と変化するフィールドで、思い通りに釣りを組み立てるにはあらゆる状況に対応するポテンシャルを持った、トータルで優れたルアーが絶対に欠かせないと言う。
「釣りは、人工的に作れられた競技場でやるスポーツとは全く別物だから。目まぐるしく変わっていくポイントや魚にきっちり対応してくれるルアーじゃないと、100%攻め抜くことはできない」
では、それぞれのシチュエーションに応じた攻め方とはどんなもの? という質問を投げかけると、伊藤はこう答えるのだった。
「それを聞く? それって簡単に聞いていいものなの(笑)? ベーシックと呼べる攻め方はあるけど、今のフィールドはそれが当てはまらないケースが多いんだよ。例として、淵尻の浅いカケアガリに着いてる尺ヤマメがいるとするよね。普通に考えてそのヤマメは、エサを捕食しやすい場所を陣取っているようにも見えるけど、実は、流芯の通る深い場所はいつも釣り人に攻められているために、それを回避する理由で浅いカケアガリに定位している、というケースもある。当然そういう状況では釣り人が淵の中央に近付いた時点でゲームオーバーだよ。離れた下流から静かにアップで攻めなければその魚とのゲームは成立しないし、そのルアーへの反応の仕方が、次の釣りの組み立てに繋がるんだ。それに、そういうことは自分でひとつひとつ発見して、少しずつ自分の引き出しを増やしていくのが面白いんでしょ。少なくとも俺はそうやってきたけどなあ。なぜ釣れたのか、なぜ釣れなかったのか、何年も何年も考え抜いて今に至るわけで、その答えを簡単に教えられてもね、面白くないと思う。せっかくの楽しみを放棄してるようなものだよ。やっぱり釣りって、冒険だから。未知のものを相手にしてるからワクワクもするし面白いんだよ。例えば、ドラマの結末を最初に聞いてしまったら面白くないでしょ? 鬼ごっこで誰がどこに隠れてるか分かってたら楽しくないでしょ? 目先の結果にとらわれないで、毎回毎回、釣れても釣れなくても頭を働かせて考え続ければ、答えは見つかっていくんじゃないかな。それが釣り本来の楽しさだよ」
薄っすらとした朝モヤの中、深い森を抜けると、見事なまでに透き通った流れが僕らを迎えてくれた。伊藤は5cmのバルサ蝦夷をケースから取り出した。
バルサ蝦夷の特性はこれまでも何度か取り上げてきたが、現在のシビアなフィールドにおいてその性能はやはり突出している。プラスチックの蝦夷や山夷も、プラスチック素材のポテンシャルを突き詰めたルアーだが、素材自体が高い浮力を持つバルサを使うことで、バルサ蝦夷はプラスチックミノーでは到達できない領域のハイレスポンスな泳ぎを手に入れた。
もちろん、バルサ製のミノーだったら何でもいいかと言うとそうじゃない。
「単にバルサミノーだからといって、プラとほとんど性能が変わらなかったら意味がない。バルサ素材の特性を生かしきった製品だからこそ可能な泳ぎ、攻め方があるんだよ。とにかく立ち上がりが良くて、同じ距離の中で、より手数の多い多彩な誘いをかけられる。前にも言ったけど、蝦夷50Sファーストと比べてみると連続してトゥイッチをかけた時に、バルサ蝦夷は約1.3倍はルアー自体の振りが多いし、ヒラも多く打たせられる。それだけヒラを打ってからの起き上がりが速いってことだけど、蝦夷50Sファーストだってヒラ打ちに特化したミノーだからね。そのさらに3割増しの泳ぎとヒラ打ちと言ったら、これはもう、とてつもなく大きな優位性をもたらしてくれる。より早くヤマメの闘争心に火を点けられるし、チェイスしてきた魚を見ながら、『ここでこんなヒラを打たせたい』っていう狙い通りの誘いをもっと素早く、もっと効果的に次々と展開できる」
単純に考えて、釣り人がトゥイッチの技術や攻めを3割向上させると言ったらとても大変なことだけれど、それだけの優位性をルアーの性能が上乗せしてくれる、ということである。ズバリそれが、バルサ蝦夷が釣れる理由なのだ。
この日も伊藤の操るバルサ蝦夷に、いいヤマメが反応を見せた。
小さな落ち込みから続く流れの芯が対岸にぶつかり、その少し下流に、ヤマメの着きそうな流速、ヨレが出来ていた。
ヤマメはやはり狙い通りの筋からミノーを追って出た。
最初は1mほど追ったところで元の着き場に戻っていたヤマメを、伊藤は次のキャストでさらに長い距離を追わせ、はた目にはいとも簡単に口を使わせた。しかしそこには、釣り人の濃密な経験と技術、そしてルアーの性能が凝縮している。
「今のヤマメは、ここまで見てるのか!っていうくらい、多くの釣り人が気付かないようなちょっとした違いを見極めてる。ルアーの動きを本当によく見てる。それに対応していくには、よりシビアにルアーの泳ぎや操作を考えていく必要があるよね。その時、その瞬間の状況判断と誘いのバリエーションが求められる。すごく頭を使うし難しいことだけど、それが出来ると本当に楽しい。だからこそヤマメ釣りはやめられないんだよね」
【付記】
伊藤のヤマメ釣りを見ていつも印象に残るのは、魚が多少スレていても、何かの拍子に糸口を見つけて釣果に結びつけてしまうことです。自分の釣りを状況に合わせて細かくアジャストさせるというのは、そう簡単にできることではありません。時間をかけて、必死に考えて、時には遠回りもして、長いあいだ川で学んだことが今の釣りに繋がっていると彼は言います。そしてそのプロセスが釣りの楽しさだと。それはつまり、ビギナーこそ、まだまだいっぱい答えを見つける楽しみがあるということだと思います。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3 /ABU |
LINE | Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS |
LURE | Balsa Emishi 50S[AU]/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。