FROM FIELD
伊藤 秀輝
FIELDISM
Published on 2011/07/12
道具と技術
2010年7月下旬、岩手県
アングラー=伊藤 秀輝
文と写真=佐藤 英喜
昨年の夏のこと。
記録的な猛暑に見舞われていた岩手の川で、伊藤秀輝とスーパーヤマメを狙っていた。
この日の釣り場は本流。周囲の深い山々から澄んだ沢の水が集まって、1本の太い流れを作っている。自然豊かで何とも素晴らしい環境だけれど、昼近くになっても9寸クラスのヤマメが2本と釣果的には少々物足りない状況だ。
川はずいぶんと渇水しているし、水温も上がってきた。アユ師も多い。目の前に歓迎すべき材料は見当たらないが、伊藤は自分のリズムを崩すことなく小気味よいキャストを続けていた。
対岸のキワに向けて、無駄のないモーションで矢のようにミノーを飛ばしている。ラインがものすごい速度で伸びていく。
渓流で見せる極端にストロークの短いスナップキャストとはまた違うが、本流での6ftを使ったキャストであっても、肩は動かさず、鋭くシャープなフォームでロッドをしならせる。バットから曲げられたカスタムのブランクが、その強い復元力でルアーを飛ばす。もちろんフルキャストであればロッドを限界まで曲げ、その反発力を最大限に引き出す。だから伊藤のルアーは、圧倒的に飛ぶ。
「道具の性能をいかに引き出すか、それも釣り人の技術だよね。ルアーのウエイトに頼らずに、カスタムのブランクをマックスまで曲げてキャストするのは確かに難しいことだし、ルアーの初速が速くなるほどリリースのタイミングも難しくなる。けどね、このキャストをマスターした先には夢のような飛距離が待ってるんだよ。ラクなキャストではどうしたって攻めに限界がある。連続して同じスポットへ入れるにも、肩を支点にするような振りでは先がない。いい魚を手にするためには飛距離だけじゃなく本当にギリギリの釣りが求められるし、しかも限られた時間と場所で楽しむには、やっぱり技術を磨いて質の高い釣りをしないと。いままで、常にそう考えながら釣りをしてきたね」
本流、渓流を問わず、飛距離の重要性はいまさら言うまでもない。
この日はルアーも、ぶっ飛び仕様のプラグを選んでいた。
山夷68SタイプⅡは7.5gというウエイトと理想的な飛行姿勢の相乗効果で、固定重心ながら大きく飛距離を稼いでくれる本流ミノーだ。もちろん飛びの面だけでなく、誘いの面でも山夷68SタイプⅡは高バランスな性能を持っている。押しの強い流れでも飛び出すことなく綺麗に流れを泳ぎ切る安定性を持ちながら、トゥイッチやジャークに反応してギラギラとハイアピールなヒラ打ちを演出するレスポンス性能も与えられている。飛距離と安定性で広範囲を効率良く探りながら、釣り人の技を流れのなかに忠実に表現してくれるミノーだ。道具の性能を引き出すのが釣り人の技術であり、そして一方で、釣り人の技術を生かすのが道具の性能だとも伊藤は考えている。
瀬の流れが絞られて、波立つ流芯が対岸のキワを走っていた。
絞りの頭にアップクロスでキャストした山夷68SタイプⅡを中層辺りまで沈め、軽やかなトゥイッチでアクションを加えていくと、ちょうどターンを決めるミノーの後方でギラリと反応する魚影が見えた。水が澄んでいるから遠目にもハッキリ見えた。伊藤がニンマリと振り返る。間違いなくスーパーヤマメだ。たぶん、あれを釣り逃したら今日は終わり。最初で最後のチャンスだろう。そんなシビれるような緊張感のなか伊藤が次のキャストを放つ。
あの魚はきっともう一度出る。確信を持って攻める伊藤のロッドがグワンッと弓なりに曲がった。待ってましたとばかりにアワセを決めた瞬間だった。同時にヤマメが流芯に乗って、勢いよく流れを駆け下っていく。しかし勝負あった。伊藤はアワせた瞬間、フックのゲイプまで完璧に突き刺さったのが手に取るように分かった。この魚は、バレない。ロッドのフッキング性能と感度が物を言った。あとは焦らず、魚の次の動きを読みながらやり取りすればいい。一気の走りを受け止める強靭なバットのトルク、不意の首振りに対してもテンションを絶妙に保ってくれるベリーの追従性、そうしたロッドの性能を生かしながら魚の動きをじわじわと封じ込めていく。
「道具と技術を完璧にしておかないと、釣れない魚が本当にいっぱいいる。釣り場に通い詰めたりタイミングを計ったりすることよりも、ずっとずっと大事なことだよ」
暑くても、渇水しても、41cmの本流ヤマメは伊藤のネットに収まった。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT |
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REEL | Exist Steez Custom 2004 /DAIWA |
LINE | Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS |
LURE | Yamai 68S Type-Ⅱ[AU]/ITO.CRAFT |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
伊藤 秀輝 Hideki Ito
1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。