FROM FIELD
小沢 勇人
FIELDISM
Published on 2011/10/17
天然アマゴを追って
2010年9月15日、中部地方のとある谷
アングラー・写真=小沢 勇人
文=佐藤 英喜
釣り具にウェーダー、テント、食料、火器などをバックパックにギュウギュウに詰め込んで、車止めから約3時間半、道があるのかないのか分からないような道を踏破し、小沢さんはとある水系の源流部に辿り着いていた。目的は放流魚の血が混じっていない、ネイティブのアマゴに会うこと。純血を保ち続ける野生のアマゴを釣るべく、山の奥深くへと分け入っていた。
谷に降りてすぐ、小沢さんは河原の砂地部分にクマの足跡を見つけた。そして遡行途中、あやしい獣の匂いを感じ取った直後、すぐそこの林のなかで真っ黒い大きな影がサッと動くのを見た。そんなクマの気配が濃厚な渓谷で、小沢さんは胸を躍らせていた。
「もちろん魚は釣りたいんだけど、それだけじゃなくて、山奥の厳しい自然のなかに身を置きたい。どういうわけか、そういう気持ちが年々強くなってきてるんだよね。人の手が入ってない山と川があって、もちろんクマとかも普通にいてさ、今の時代、そういう場所自体が貴重でしょ。そこにいれることがすごく嬉しかったし、そんな場所で天然のアマゴが釣りたかった」
今や誰もが知っていることだが、苦労して辿り着いた辺境の水域だからといって、そこにいる魚たちがみな無邪気にルアーを追ってくれるかというとそうじゃない。今も天然種が残っているような簡単には人を寄せ付けない場所にも、やっぱり釣り人はいるのだ。この日の小沢さんもそのひとりだし、源流まで詰めたとしても完全にピュアな魚は皆無に等しいのが現状だ。
「テンバの跡もいくつかあったし、なにより魚の反応が見るからにシビアだよね」
透き通った流れにミノーを泳がせると、ぱっと姿を現したアマゴがチェイスを始めても、ミノーとの距離がなかなか詰まらず、途中で興味を失ったようにUターンしてしまう何とも歯がゆい状況が続いた。ルアーを完全に見切られているように感じた。
左右へ交互にヒラを打つミノーのわずかな「間」を見切っているのかもしれない。そんな魚を見て小沢さんは、よりピッチの細かいヒラ打ちを演出するためにバルサ蝦夷をメインに釣りを組み立てた。バルサの持つ最高のレスポンスで、その一瞬の「間」を埋めるのだ。
「スレた魚には、やっぱりバルサが効くよね。インジェクションの泳ぎを見切ってる魚に対しても、バルサならまだ勝負ができる。これまでの経験上、それまで無反応だった魚がバルサに替えた途端、ルアーに興味を示してチェイスし始めるということが確かにあるから」
思惑通り、神経質な8~9寸ほどのアマゴがバルサ蝦夷に口を使った。
釣れるアマゴはさすがに個性豊かで、険しい顔つきや地元の川ではなかなかお目にかかれない面白い形をしたパーマークに野性味を感じた。これがネイティブの証であるかどうかは分からないけれど、見慣れた放流アマゴとは明らかに雰囲気が異なった。
「ここの魚を見てると、厳しい環境を生きてるんだなって、そんな感じがするね」
そして、なかにはギンケの強いタイプも見て取れた。
「完全な居着きのアマゴもいるし、マスの血が濃いような個体もいる」
アマゴを釣っては放し、上流を目指す小沢さんの頭には大物の予感も膨らんでいった。
段々の瀬が続くポイント、水深70~80cmの瀬頭でそれは起こった。
小沢さんいわく、秋の魚が着くにはあり得ないくらい速い流れ。2投目、白泡の切れ目をミノーが通過するとき、魚の影がわずかに動いた。
「反応はするけどやっぱり渋い感じ。同じ筋を通し続けると、3、4投に一回くらい、またスッと動く。速く複雑な流れのなかで、魚はもうその筋しかないっていう所に定位してた。右隣の筋は流れが緩すぎるし、反対に左は上波が強すぎる。1本の細い筋でしつこく誘い続ける釣りだよね」
決してその筋を外すことなく、狙い通りの誘いを刻み続けるバルサ蝦夷に、徐々に高まっていた興奮が限界点に達したのか、ついにそのアマゴはハッキリとミノーを追った。
アップストリームでヒットした魚が一気に流れをくだる。どんっと水面に身を投げ出すようなジャンプを披露して、釣り人の脇を駆け抜けていった。魚体の大きさにハッとしたが、同時にフッキングがきちんと決まっていることも確認できた。あとは落ち着いてやり取りし、ちょうどいい弛みを見つけて魚を誘導する。慎重に差し出したネットにするりと魚を滑り込ませた。その魚体を覗き込んで、小沢さんは息を飲んだ。
「ネットに入れるまで、こんなにデカいとは思わなかった」
ひゅっと鼻先の伸びた、まさにキツネ顔の大アマゴ。メジャーを当てると44cmもある。堂々たる魚体がネットに収まった。サイズがサイズだけに、ランディングした瞬間、小沢さんがもっとも気になったのがパーマークの有無だが、ややギンケしたボディには薄っすらと青いパーマークが浮かんでいた。
冒険釣行の結末として、果たしてこれ以上のものがあるだろうか。情報のほとんどない読みと勘だけを頼りに辿り着いた川で、こんな魚が一本釣れたら普通は完璧と言っていい結末だ。
しかし、釣りや魚に対する価値観は本当に人それぞれなのである。
当の釣り人小沢さんは、こう言った。
「とんでもない大物だし、顔もいかついし、もし天然種だとしたらその意味での価値もあるし、もちろんすごく嬉しかったよ。でも、ゼイタクをいえば目指してた魚とはちょっと違うんだよね。ここまでサイズは望まないから、もっと山の魚の雰囲気を持ったワイルドで綺麗な魚が見たかった。狭く限られた流れのなかで育った、自然の厳しさを感じさせるアマゴが、やっぱり自分の理想。まあ自然のなかでのことだから、これも釣りの面白さだよね」
これまでも紹介してきたように数々の素晴らしいアマゴを釣り上げ、その一匹一匹をじっくりと観察してきた釣り人だからこそ話せる言葉だ。川と魚を知れば知るほど、釣りはもっと面白くなり、さらなる奥深い魅力が生まれるのだ。
44cmを写真に収め、小沢さんはさらに谷を釣り上がった。
すると上流に大きな滝が現れた。実は山で一泊し、翌日はその滝の上流を攻めるつもりだったのだが、急に天候が崩れ出し、しまいにはドシャ降りとなった。小沢さんは、その日のうちに大急ぎで滝上を探ってみることにした。
雨のなか、滝の上流では、思い描いていた一際野生的な「山のアマゴ」が顔を見せた。
「小さかったけどね。あの魚たちに会えて感動したよ。次はこのタイプの、もうちょっと大きなやつを釣りたいな。またいつか、チャレンジだね」
いっこうに弱まらない雨足を見て、やむなく翌日の釣りは断念することにした。当然未練はあっただろうし、仮に翌日も釣りができればもっといい魚に出会えたかもしれない。しかし釣りや魚も大事だけれど、それ以上に優先されるべきことがある。魚が釣れても釣れなくても、無事に家へ帰ること。それが何よりも大事なこと。険しい山に入るのも勇気が必要だが、時には退くのも勇気だ。
下山の道すがら、山の斜面から谷底を見下ろすと凄まじい濁流がゴウゴウと走っていた。自然の恐ろしさ、源流の怖さを改めて肌に感じた。
谷で過ごした濃密な時間を胸に、小沢さんはずぶ濡れになりながら山を下りたのだった。
【付記】
釣りをしない人にとって、例えば山に潜むクマは、漠然とした恐怖の対象でしかないのかもしれません。きっと本当の恐ろしさも知らない。小沢さんの抱くクマや厳しい自然に対する憧れのような気持ちは、山を愛する釣り人なら共感できるものだと思います(が、もちろん無茶は禁物ですね)。
それにしてもいつも伊藤が言うように、大物を引き寄せるというか、そこに歩み寄るというか、小沢さんの釣りには言葉で説明できない部分のすごさが凝縮しています。かといってサイズのみにこだわることはなく、野生的でそして綺麗なアマゴを釣りたいという価値観がまた小沢さんらしいなと思います。
TACKLE DATA
ROD | Expert Custom EXC510PUL/ITO.CRAFT |
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REEL | Cardinal 3 /ABU |
LINE | Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS |
LURE | Emishi 50S 1st/ITO.CRAFT |
Balsa Emishi 45S/ITO.CRAFT | |
Balsa Emishi 50S/ITO.CRAFT | |
LANDING NET | North Buck/ITO.CRAFT |
ANGLER
1965年長野県生まれ、長野県在住。茅野市在住のトラウトアングラー。野性の迫力を感じさせる渓流魚を追って、広大な本流域から小渓流まで、シーズンを通して釣り歩き、毎シーズン素晴らしい魚達との出会いを果たしている。地付きの魚であり、少年時代からの遊び相手であるアマゴに対してのこだわりも強い。