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FROM FIELD TOP>■釣行記 VIII (#36~40)
PROFILE
いとうひでき。ITO.CRAFTがリリースするロッドやルアーは、アングラーとしての彼がフィードバックし、クラフトマンとしての彼がデザインして生まれる。サクラマスやギンケしたスーパーヤマメを狙う本流の釣りも大好きだが、根っこにあるのはやはり山岳渓流のヤマメ釣りだ。魚だけでなく、高山植物など山のこと全般に詳しい。野性の美しさを凝縮した在来種のトラウトと、それを育む東北の厳しい自然に魅せられている。1959年生まれ。

「ファーストを完璧に操作すること」 伊藤秀輝 #40  
2014年8-9月、岩手県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
main line:Cast Away PE 0.6/SUNLINE
lure:Emishi 50S 1st[YTS・ITS]/ITO.CRAFT



 遠征先の渓で、蝦夷50Sファーストで釣り上げた二匹の尺ヤマメ。ご覧の通り、それぞれがハッとするほどの個性的な美しさを身にまとっている。しかし、伊藤秀輝のヤマメ釣りを間近に見て改めて感じるのは、ヤマメの持つ素晴らしさだけでなく、この釣りそのものが味わわせてくれる楽しさや喜びについてである。
 魚のサイズは確かに大事なことだが、その数字がその釣り人の何かを表してくれるわけではないだろう。釣り上げた魚の本当の価値は、釣り上げた本人にしか分からない。同じ大きさの魚でも、雑な釣りをして、ただ単純に釣り場の条件や活性によって釣れた魚と、過程のひとつひとつを丁寧に考えて、その日その状況でベストな釣りをして手にした魚とでは、価値も喜びも大きく違う。
「例えば、水中のルアーを繊細にコントロールして、そのルアーが持つ性能を完璧に引き出せているかどうか。道具に釣らせてもらうんじゃなく、まずは自分の『操作』としっかり向き合えているかどうか。これって、本当の喜びを得るためにはすごく大切なことだよ。簡単に釣り場を探そうとしたり、ラクに釣れる方向ばかり選択されがちだけど、それでは最も大事な所が欠けちゃってるよね」

 そう語る伊藤が、2002年に初めて世に送り出したミノーが蝦夷50Sファーストだ。開発した当時の思いをこう話している。
「勝手に泳がれても困るっていうか、自分で操作して釣りたいっていうこだわりを最初に形にしたのがファースト。あの当時は安定性とか使いやすさとかは後回しで、いかにそのピークの性能を釣り人の操作で引き出すかというところに、今以上に面白さを感じてた。当然セッティングとしてはピーキーだから、使い手次第の部分が大きいよね」
 伊藤の釣りを見て、このミノーが持つ本来の性能を再認識した。
 細やかなトゥイッチに反応し、5cmミノーとは思えないほどの強烈なフラッシングを放ちながら派手にヒラを打つ。そして、アップストリームでキャストしているにも関わらず、見ていて不思議に思うほどルアーが帰ってこない。限界ギリギリのロースピードで前進を拒みながら、キビキビとアクションを刻む。とにかくヤマメをじらすように、スローに引きながら絶え間なく誘いを繰り出す。左右交互に綺麗にヒラを打たせるのはもちろんのこと、その日その時の魚に合わせて微妙にアクションを変化させている。
 アップストリームで、止めてヒラを打たせる。ファーストにはそれが出来る。
 背中を大きく倒してアピールするヒラ打ちアクションも、その動きで効果的にフラッシングを生み出す薄型のフラットボディも、何かの模倣ではなく伊藤自身の経験を純粋に具現化したミノーだった。

 しかし改めて振り返ると、アップストリームに主眼を置いたヒラ打ちミノーなど他に存在しなかった2002年の発売当初、ファーストに対する評価は激しく二分した。
 ファーストの潜在的な性能を理解し、きちんと操ることができた一部の釣り人達によって、それまで他のルアーには口を使わなかったヤマメが次々と釣り上げられた。これは大変なルアーが誕生したと声が上がり、彼らにとって蝦夷50Sファーストは唯一無二の武器となった。
 その一方で、ピーキーであるがゆえに上手く使いこなせなかったり、そもそも使い方が分からず戸惑う人も多かったのである。当時は渓流域でさえダウンクロスやダウンで釣り下る人が多く、アップストリームの有効性が広まっていなかったこともファーストの性能が理解されない理由のひとつだった。
「自分としてはぶっちぎりの性能を持ってるなと自信満々だったし、それを操作して使いこなすのは当たり前のことだったから、当時のそういう反応は、正直残念だった。流れから飛び出して使えないとか、よく聞いたよ(笑)」
 操作する際のニュアンスとして、伊藤がファーストを「スプーンのようなミノー」と言ったことがある。
 そしてまた「スプーンは使うアングラーによって、釣れる釣れないが大きく変わる。だから極めがいがあるんだ」とも言った。
 ファーストもミノーというくくりで見ればピーキーだが、スプーンはその比ではない。長年スプーンを使い込んできた経験が、ミノーが主軸の今も操作の土台になっていると言う伊藤だが、限られたトレースラインの中で出来るだけ長くルアーを留めながら、なお且つ『死に体』を作らずに絶え間なくアクションさせる。それを、浮力もリップもないスプーンで、しかもアップストリームでやろうとすると、言葉以上に非常にシビアな操作が要求される。スプーンは止めれば沈むし、瞬時に『死に体』になる。アクションさせるための水噛み、抵抗の許容範囲がミノーよりずっと狭く、ほんのちょっとしたミスで魚に見切られてしまう。一言で言って、ごまかしが利かない。そうした技術を当たり前のように駆使しながら魚を釣ってきた伊藤に言わせれば、「ミノーのほうが何倍も何十倍もラクで、いろんなことができる」のである。
 ファーストを操る伊藤の釣りを見て、なぜアップストリームでここまでゆっくり引けるのか? どうしたらあそこまで細かく、思い通りにヒラを打たせられるのか? という驚嘆と共に、こんな風にルアーを操作できたら釣りが楽しくて仕方ないだろうなとつくづく思う。
「いつも言ってることだけど、ミノーのリップが受ける抵抗、その微妙な水噛みを常に、正確に感じ取ってることが大前提だよね。目をつぶっても、流れの複雑なヨレや、その瞬間瞬間のルアーの状態をカーディナルがつぶさに伝えてくれる。ミノーを前進させるためのリーリングじゃなく、倒した背中を起こすだけのリーリングを1cmのロスもなくこなす。そうした繊細なリーリングに、流れの抵抗に合わせながらトゥイッチをリズミカルに織り交ぜる。まあ、釣りはここから始まるんだ、っていうくらい、基礎中の基礎だね」
 思えば2002年から、こうしてヤマメ釣りの核心を貫きつつ、『操作』の楽しさと、その難しさを克服する満足感を与えてくれるルアーが存在していたのだ。今やアップストリームやトゥイッチという言葉も聞き慣れて、広く浸透した感はある。しかし僕ら釣り人は、本当にファーストの持つ性能を100%理解しているだろうか。それをフィールドで余すところなく引き出せているだろうか。
 野生のトラウトをルアーで釣る。なかでもシビアな要素が多く、ミクロの技術と感性が凝縮する渓流のヤマメ釣りは、決して簡単な釣りではない。言葉で説明できたり、誰かが教えてくれることなんて、ほんのわずかなものに過ぎない。
「技術や感性はおのおのがフィールドで磨いていくもの。その先に、何が素晴らしいものなのかという理想が、それぞれに見えてくる。自分の場合は、サイズだけじゃなく、写真のような野生の証を身にまとったヤマメ、個性が強く野性味溢れる個体に挑みたい。
一生涯の趣味として取り組める奥深さと究極のこだわりの世界が、この釣りにはあるんだよ」














「ラインの遊びを考える」 伊藤秀輝 #39 
2012年9月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
main line:Super Trout Advance Double Cross 0.8/VARIVAS
lure:Bowie50S/ITO.CRAFT



 水中のミノーをロッドワークで自在に操作する。狡猾な魚を惑わし、誘い出して、ルアーに反応させたところでさらにその追い方を見ながらアクションを変化させる。誘いのギアを次々と入れ替えながら、様々な泳ぎを駆使して口を使わせる。
 伊藤秀輝の渓流ミノーイングは、その部分だけを切り取って見ても最高にスリリングであり、そしてやはり究極にテクニカルな釣りだと言える。
 しかし伊藤はそんな熱い駆け引きの、さらに先のことを考えている。バレないようなルアーの噛ませ方と完璧にフックアップさせるロッドワーク、ランディングに持ち込むまでの確実な流れを常に明確にイメージしている。

 ゾクゾクするような素晴らしいヤマメを釣りたい。毎シーズン、誰よりも強くそう願っている。そのために思い描いている幾通りものシナリオを実現させる上で、絶対に避けては通れないのが、やはり「スレた魚をいかに釣るか?」という問題である。
 人為的プレッシャーを強く感じている魚を手にするために、伊藤が考えていること。それは釣りのありとあらゆる要素に及んでいるわけだが、たとえば「ラインの遊び」について。
 緻密に誘いを掛けながら、ラインの遊びをコントロールすることで、フッキング率を高める。この意識が現在の伊藤の渓流釣りでは欠かせないものになっているのだ。

 後ろから伊藤の釣りを見ていて、トゥイッチで誘いを掛けている時の糸フケの出方が、10年位前と比べて変化していることには気付いていた。
 もちろんポイントの状況によっても変わってくるが、同じナイロンラインを使っていても明らかに糸フケの量を抑えながら、つまりラインの遊びを減らして誘っているのが気になった。以前からラインの遊びは極端に少なかったけれど、さらに少なくなっている。
 その理由を伊藤は当然のごとく、こう語った。
「魚のスレの度合いが、10年前とは比べものにならないくらい強まってるし、そのせいで、ルアーを噛む力が格段に弱まってる。それをカバーするためだよ。テールフックに軽く触れるだけの一瞬のショートバイトを取るためには、ラインの遊びは当然少ない方がいい。どんなに素早くアワセを入れても、ほんのわずかなロスでフックアップできない魚が増えてる。それぐらい状況はシビアになってるよ」
 しかし、いかに糸フケの量を減らしながら誘っていても、ナイロンラインではアワせた瞬間、ライン自体の伸びによってパワーロス、タイムロスが生じてしまうのはどうしても避けられない。
 伊藤の中で徐々にPEラインの使用頻度が増し、今シーズンに至ってはほぼ全ての渓流釣行をPEラインで通したのも、そこに理由の一端があった。
 ラインの数センチの伸びによってアワセの間に合わない魚がいる。信じられない人もいるかもしれないが、伊藤がいつも思い描いてる大ヤマメとは、そういう魚だ。

 PEラインとナイロンラインの使い分けについてはまた別の機会に話をするとして、ここで言っておきたいのは、どのラインにもメリットとデメリットがあり、使用する状況や釣り人の使い方によってその評価は違ってくるということ。
 そして、そのメリットとデメリットは背中合わせに存在している。
 たとえば伊藤がPEラインのメリットのひとつとして感じている「遊びのなさ」は、使い方によってはデメリットにもなり得るということ。だから渓流というフィールドに関して、とりわけアップストリームで釣り上がっていく規模の川ではナイロンラインが今も主流である。ショートレンジの細かなキャストを速い手返しで繰り出し、ミノーが水中にある間は絶えずロッドをトゥイッチしてアクションを加える。渓流ミノーイングのそうしたスタイルにおいては、適度に伸びがあり、なお且つ張りとしなやかさを併せ持つナイロンラインが、やはりトラブルが少なく扱いやすいと感じる釣り人が多いだろう。
 ラインの性質が、使い手次第でメリットにもデメリットにもなるのである。伸びと張りのないPEラインでは、ナイロンのような糸フケを利用した誘いができないから、必然的に「遊びの少ない釣り」になる。一日中、常にラインに遊びのない状態で渓流のアップストリームをトラブルなく完璧にこなし続けるのは、試してみればわかると思うけれど、かなり容易じゃない。もちろん誘いだけでなく、キャスティング、アワセ方、魚とのやり取りの面でも、PEならではの操作が少なからず必要になる。
 伊藤はこう言った。
「渓流でPEラインを使いこなすには、より繊細なタッチが求められると思う。でもレスポンスが上がる分、使いこなせば、より多くミノーにヒラを打たせることもできる。アップストリームが主体の渓流ではナイロンのようなごまかしは効かないのがPEの釣り。今まできちんと操作できていたか、釣りをしっかり突き詰めてきたかが問われると思うよ」
 ちなみに僕は、使いこなすことができなかった。トラブル頻発でぜんぜん釣りにならず、すぐに挫折してしまったのだ。そんな僕は渓流でPEラインのメリットを享受することができない代わりに、ナイロンラインの良さを改めて実感したりもした。
 …とは言うものの、ネットに収まった大ヤマメを見て、「この魚はPEじゃなかったら絶対に釣れなかったよ」と伊藤が言うのを聞くと、また挑戦してみようかな、と性懲りもなく思うのである。
 
 















「プレッシャーをねじ伏せる」 伊藤秀輝 #38 
2012年8月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
line:Super Trout Advance sight edition 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 例えば今から10年近く前、伊藤秀輝の渓流釣りを見て衝撃的だったことのひとつに、「川を見切る早さ」がある。水色や水量、何よりチェイスした魚の様子から、伊藤は、その日その川のパターンをまたたく間に読み解いてしまう。そして、今日はこれ以上釣り上がっても狙っている魚は出ないと判断したら、まったく躊躇せず別の川へと移動する。そうやって一日の内にいくつもの川を渡り歩き、いい魚を効率良く手にしていった。言葉で言うのは誰にでもできるけれど、僕の知る限り、そんな釣りを実際にしてみせる釣り人は彼の他にはいなかった。

 あの頃と比べ、現在のフィールドの状況は大きく変わった。
 釣り人によるプレッシャーが果てしなく強まり、その結果としてルアーに対する魚の反応が変わった。いるはずの魚がまるっきり姿を現わさなかったり、チェイスしてもどこかヨソヨソしい追い方だったり、一瞬だけ現れてすぐに隠れ家へ逃げ込んだり、そんなケースばかりが目立つようになった。もちろん10年前も、魚がプレッシャーを感じている状況下ではあったが、今はその度合いが明らかに違う。釣り人の存在やルアーに対し魚達はより激しく、そして慢性的にスレている。

 その魚の変化にともない、伊藤の意識も少なからず変わった部分があると言う。
「今はスレていない魚を探すことよりも、ひとつのポイントをきっちり攻めきる意識のほうが強いかな。例えその時がダメでも次回の釣りの組み立てに生かせるキッカケを必ず持ち帰る。もちろん釣りはケースバイケースだし、深追いせず素早く見切るべき所もあるけどね」
 あからさまに目の前に先行者がいるような状況で釣りを続けることは稀にしても、魚がスレていることは承知の上で釣り上がる。その人為的プレッシャーをねじ伏せるための、釣りの組み立てに伊藤は深く考えを巡らせている。もう今はどこに行っても釣り人のいない川なんてないのだ。だから今ここでベストの釣りをすることに専念する。そういったスタンスが強く見て取れる。

 人為的プレッシャーと魚のスレの関係について、伊藤がこんな話をしていた。
 実際に釣り人の数自体が増えているのかどうかは分からないけれど、いいタイミングを狙い澄まして釣りに行く人が増えた。それに土日だけでなく平日に釣行する人も今は普通にいるわけで、地元の釣り人が毎日のように朝駆けしていたりもする。
「でも、それなのに、全体で釣れている魚の総数は増えてないと思うんだ。むしろ減ってるんじゃないかな。それぐらい、スレている魚を釣るのってやっぱり難しいんだよ。その時その時で本当にいろんなパターンがあって、その場の状況に合った釣りをできるかどうか。立ち位置であったり、ルアーの操作であったり、そこでミスしてさらにプレッシャーを与えることになると、魚にとってそのショックは水の条件が良いタイミングであるほど大きいし、余計に蓄積してしまうものなんだよ」
 タイミングを計ることは釣りにおいて確かに大切な要素である。しかし、いいタイミングでの一番乗りを目指すことより、もっと先に突き詰めるべき重要なことがあるのだ。


 さて、ここで紹介している写真の魚は、昨夏の雫石川水系で釣り上げた大イワナだ。
 雫石もご多分に漏れず、常に人為的プレッシャーとの戦いを強いられるシビアなフィールドである。
 夕刻の曇り空の下、ジンクリアの川を釣り上がっていくと、流れがガクンっと落ち込んだ白泡の脇の小さなタルミが伊藤は気になった。蝦夷50Sファースト・タイプⅡにヒラを打たせ、強烈なフラッシングの連続で誘いを掛ける。言葉にすれば単純かもしれないが、伊藤が繰り出す誘いのニュアンスは実に細やかで複雑なものだ。
 わずかな違和感にすかさずアワセを入れると、ドシンっ!と音が聞こえそうな、まるでサクラマスでもヒットしたかのような激しさで伊藤のロッドがバットから曲がった。その状態のまま獲物は白泡の底にへばり付き、時折、ぐわっ、ぐわっと頭を振りながら身をよじっている。でかいっ。
「んっ? マス?」。曲がったままのロッドを保持する伊藤の顔には余裕があった。真剣さのなかにも嬉しさが込み上げている。もちろんフッキングは完璧だ。
 ものすごいパワーで抵抗する魚を冷静にいなす。絶妙にテンションをコントロールしながらジワジワと魚の体力を消耗させ、短い瀬をひとつ下らせたところで勝負あり。
「こういう小さなスポットにも、でかい魚が入ってるんだよなぁ」
 浅瀬に横たえた大イワナを見ながら伊藤が息をつく。紫色の肌が妖しく光り、メジャーを当てると51センチもあった。

 こんな見事なイワナに、雫石でまた会える日が来るだろうか。それが今の僕らの思いだ。
 2013年の雫石川水系は、8月9日に発生したあの大雨洪水被害とその後の大型台風により、甚大なダメージを受けた。川はすっかり様相を変え、とても釣りどころではない状況だった。今でもその爪跡は山や川のそこかしこに大きく残されている。
「ヤマメもイワナも大幅に個体数は減ってしまったと思うけど、いつか復活してくれるのを待つしかない。以前にもこういう危機はあったはずで、今回の災害も何とか乗り越えて欲しい。雫石の誇る魚達にまた会える日を、心から楽しみにしてる」












「夏色の本ヤマメ」 伊藤秀輝 #37 
2012年7月、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
(tune-up)Mountain Custom CX proto model/ITO.CRAFT
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Bowie50S proto model/ITO.CRAFT



 伊藤秀輝が「本ヤマメ」と呼ぶヤマメの天然種は、やはり独特の美しさを持っている。時にハッと息を飲むほどの個性を見せてくれる。何がこのあでやかな色彩を生み、何がこの滑らかな肌を形成しているのか、そしてこの奇妙な形をしたパーマークは何を意味しているのか。
 彼らの個性が生まれるすべての因果関係を紐解くことはとても難しいが、その大きな要素のひとつが、川の環境だ。エサ、水量、水温、水質、底石の色、あるいは周囲の森の様子など川はそれぞれに異なる表情を持っている。その環境の違いが、そこで昔から世代交代を繰り返してきた野生の個体群に独自の個性を与えたのだと伊藤は語る。つまり、川の歴史が本ヤマメの個性となって現れているのだ。
 例年であれば伊藤の本ヤマメ釣行は、それぞれの川の本ヤマメたちが強く個性を現す秋のシーズン終盤に集中するわけだが、ここ数年は岩手県内水面水産技術センターと連携を図りながらより緻密な調査を進めていることもあり、少し早い時期から動き始めている。ここで紹介している本ヤマメも、昨年7月に伊藤が釣り上げた個体である。少しもギンケした様子のない、もちろんパーマークもびっしりと鮮明に浮かばせる魚で、サイズはこの時期にして31センチもあり、エサの供給という面で厳しい環境に生きる本ヤマメとしては非常に貴重な個体と言えるだろう。

 その日は雲が空を覆い、朝は長袖のシャツが必要だったが、2本目の川へ移動する頃にはすっかり気温が上がってそのシャツも不要になった。夏の到来を感じさせる暑さにまだ少し爽やかな空気が入り混じる、そんな気候だった。伊藤の背中を追って草木に覆われた斜面をくだっていく途中、ふと目に入ったブナの樹皮にクマの爪跡が生々しく残されていた。
「クマが人間の生活圏にどんどん接近して、クマと人間のあいだに保たれているはずの距離が狂ってる、というようなことが言われて久しいけど、こういう本来いるべき場所でクマの存在を確認すると、怖いというよりはここにまだそれだけの自然が残っていることに、やっぱり嬉しくなる」
 日本全国で自然という自然が失われつつある今、伊藤は本ヤマメの美しさだけでなく、いわば彼らの生きる環境そのものに心から惹かれているのだ。
 川に降り立つと、森にすっぽり囲まれている谷の底は予想以上に涼しい。伊藤がいつもの速いリズムでルアーを投げ込んでいく。聞けばもともと魚の数自体は少ない川らしく、また前回入った釣り人のスレも若干残っている様子で、後ろから見ていても反応の薄さがわかる。
 30分ほど釣り上がったところに、深緑の淵が現れた。
 上流の絞りから続く流芯は対岸の岩盤際を通っており、川幅はさほどでもないが底が掘れて深さがある。一瞬の出来事だった。その流芯の深みでボウイ50Sに細かくヒラを打たせると、ビュンッ!と尺サイズのヤマメが浮き出てミノーを追った。フッキングには至っていない。淵のほぼ中央に一抱えではきかない大きな岩がどんっと沈んでおり、その岩の向こう側にヤマメは着いていた。ルアーをチェイスするスピードが速く、ピックアップ寸前のところで本能的に危険を感じたのか一目散に元いた隠れ家へ逃げ込んだ。伊藤は、ぴくりとも動かず岩陰を見つめている。
 着き場を離れる怯えとルアーに対する好奇心、そのあいだに揺れている魚を静かに同じ立ち位置から伊藤が誘い続ける。手首だけを動かしルアーを投げ、さまざまな意図をトゥイッチに込めていく。今そこにいるヤマメはどんなアクションにより強く反応するのか、ミノーの背中を倒す角度やリズムなどそれぞれの要素を微妙に変化させ、またそれぞれを複雑に融合させながら、魚の気分を感じ取るように誘いを展開する。伊藤の行なっているトゥイッチとはそこまで繊細なものであり、その緻密な操作を意図したままに水中に表現してくれるのがボウイ50Sの圧倒的レスポンス性能である。
 しばらく粘ってキャストを重ねると、さっきとは違うゆっくりとした動きで、ふわっと反応する白い影が見えた。まだ食わない。まだ何かを警戒しているが、さらにトゥイッチのバリエーションでアクションをシフトチェンジする余裕が伊藤にはある。そして数投後、ヤマメは岩陰から再び姿を現して今度はしっかりとミノーを追い、遂にテールフックをくわえ込んだ。ルアーへの興味が、警戒心を上回った。
「すごく綺麗なヤマメだよ」
 ネットにすくった魚をのぞき込んで、伊藤が顔をほころばせる。
「今まで釣ってきた本ヤマメもたくさん心に残ってるけど、この魚もきっと忘れられない」
 体高のある雄の尺ヤマメだった。秋に釣れる個体もグロテスクないかつさや鮮烈な色彩がもちろん素晴らしいけれど、今回見た夏色の本ヤマメも脳裏に焼きつく強いインパクトがあった。まるでシルクのようなつややかなボディに、上品でしとやかな色合いが浮かぶ。側線上のオレンジが美しく映え、パーマークも鮮やか。これが山に生きる野生のヤマメの姿だ。釣り人の技術とそれを支える道具、そして何より、これだけのヤマメを育んでくれた岩手の山と川に感謝。


【付記】
このヤマメの美しさは僕もたぶん一生忘れられません。サイズもいいですけど実際にはメジャーが示す数字とは関係なく、ぱっと魚を見ただけで脳内が刺激され、胸に響きます。本当にいい魚というのはそういうものだと思うし、伊藤が見せてくれる本ヤマメ達がまさにそう。また今シーズンも、こんなヤマメに出会えることを心から願っています。















「閉伊川のマスに想う」前編 伊藤秀輝 #36 
2012年4月、岩手県
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Exist Hyper Custom 2508/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・18g[GS]/ITO.CRAFT



 昨年春、伊藤秀輝は久しぶりに閉伊川のサクラマスと向き合っていた。
 ここ数年は足が遠のいていたが、閉伊川によく足を運んでいた頃の話を尋ねると、フェンウィックのヒューチョが話題に登場するくらい、彼と閉伊川の付き合いは古い。ヒューチョは今から20数年前のロッドだ。ルアーもまだサクラマス用のミノーなどは売られてなく、チヌークやクルセイダーそれからトビーといったスプーンオンリーの釣りだった。
「当時は春先になると、地元のオヤジさん達がハヤのガラ掛けと言って下流部に並んでてさ、そこで2、3本マスが掛かるとその話が釣具店に回って、それを聞き付けた釣り人が動き出す、っていう流れだったな。ただ魚のサイズ的には自分の釣果を思い返しても、50cm前半とか、良くて55、56、その辺りのマスが多かったんだ。当時から試験放流は行われてたし、その種が変わってきたのか、今と比べてアベレージサイズは小さかった」
 目に映る川の様子もやはり変わったと言う。
「今はどこの川もそうだけど、やっぱり浅くなった。底が徐々に埋まってきて、葦の面積も増え、フトコロと呼べる場所が少なくなってしまった。流れの押し具合がちょうどいい、通し水のある淵だった場所が、今はさらっとした瀬に変わってる。ワクワクするポイントが減ったのは残念だね」

 そして、この閉伊川を語る上で、伊藤の心を大きく占めているのは菊池功さんの存在だ。
 功さん自身が閉伊川のサクラマスに誰よりも熱心に取り組んでいた、ということもあるし、何より功さんとの懐かしい思い出が、この川に立つと芋づる式に伊藤の記憶から飛び出してくるのだった。
 なかでも印象に残っているのが毎年恒例となっていた解禁当初の釣行だ。今から15年ほど前、3月になり岩手の川が開くと、伊藤秀輝、菊池功、菊池久仁彦の3人で閉伊川に立ち、一緒にその年の初釣りを迎えていた。この閉伊川から、彼らのシーズンが始まっていた。
「魚がどうのこうのよりも、まずは3人で顔を合わせて、今年もいよいよ始まったなあって感じで初釣りをワイワイ楽しんでた。思い出すのは、3人とも店で売られてる弁当がまったくダメでさ、すぐに食あたりしてしまうんだよ(笑)。あれは不思議と3人共通の体質だったな。ここ数年になってのコンビニ弁当はいいんだけど、当時はご飯にも防腐剤がいっぱい入ってたせいで、とにかく胃が受け付けなかった。どうしようもなく胸焼けがして、もう釣りどころじゃなくなるわけ。だから、家からオニギリやパンをどっさり持って来て、あとは現場で食パンを焼いてホットサンドを作ったりね。そういうのも含めて、本当に楽しかったんだ。特にコンビーフを焼いて作ったホットサンドは抜群にうまかった。(功さんも生前、伊藤が作ったこのコンビーフ入りのホットサンドの話題で盛り上がり、懐かしそうにその頃のことを振り返っていた。功さんにとっても忘れがたい思い出だったのだ)」

 2012年4月、伊藤は6年振りに閉伊川の河原に立った。この日は吉川勝利、小田秀明も一緒だった。春の澄み切った空気のなか、それぞれ思い思いのポイントでキャストを始める。
 まず最初のヒットは伊藤に来た。
 フトコロの少ない川では、もともと速い流れがさらに一本調子に感じられる。ポイントに関して伊藤は、まあ当たり前のことだけど、と前置きして次のように話す。
「川に深みが減って、マスが安心して定位できる場所が少なくなった今は、例えば魚が身を寄せられる岸やストラクチャー、その『キワ』がひとつの勝負所になる。広いポイントでも、マスが着くのはたった一筋の流れなんだよ。それを見つけてきちんとルアーを操作できれば、フトコロのない川でも問題なく勝負できる。それに流れが速いと言っても、その状況に合わせた釣りをすればいいわけでしょ。いつも同じリーリング、同じ操作の仕方では釣りにならないわけで、立ち位置を含めてそのポイントに合ったベストの操作をすればいい。車でも、雨でスリッピーになった路面とドライな路面とでは攻め方がぜんぜん違うでしょ?」
 ただキャストして巻くだけ、ではなく、伊藤は常にピンスポットを見ている。
 上っ面の流れとその一枚下の流れは違う。中層以深の流れを見抜けばいい。釣り人なら全部言わなくてもわかるでしょう、といった感じで話が終わる。
 マスが着く中層~下層の流れで最も効果的にヒラを打たせられるルアーがWOOD85だ。
 キャストしたWOOD85がその流れをとらえ、そこから伝わる微妙な抵抗で、「やっぱりここだ」と伊藤は確信を得た。ちょうどいい押し具合の流れが対岸をかすめている。そのキワで誘いを掛け、そこから流れの芯まで追わせて口を使わせた。まさしく会心のヒットだった。
 春光が反射する銀ピカの、太くてボリュームのある魚体がネットに収まった。伊藤は久し振りに手にした閉伊川のサクラマスに目を細めていた。
「功の大好きだったこの川で、これからは俺たちがマスを釣っていかないと。毎年、功と一緒に閉伊川のマスに会いに来るのさ」
 自分に言い聞かせるように伊藤は言った。
 そして、伊藤のヒットに吉川と小田も続いた。彼らの釣行の模様は次回の後編にて。








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