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FROM FIELD TOP>小田秀明 Hideaki Koda
PROFILE
こだひであき。 1965年生まれ。岩手県久慈市のルアーマン。すぐそこの海からやって来る馴染み深いサクラマスやアメマス、そうした遡上魚の釣りにとりわけ長けている。今から30年近く前に地元の沿岸河川で初めてサクラマスを釣り上げて以来、その魅力に取り付かれ、シーズン中は岩手、秋田、山形、宮城と奔走し、大好きなサクラマスを熱く追いかけてきた。もちろんサクラの季節が終われば、週末は美しいヤマメやイワナを狙って渓通い。
2016年12月11日、逝去。享年52歳。

「米代川に流れる幸福の時間」 小田秀明・伊藤秀輝・吉川勝利
2016年5月、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明、伊藤秀輝

TACKLE DATA
●Hideaki Koda
rod:Expert Custom EXC860MX/ITO.CRAFT
reel:Certate Hyper Custom 3012H/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Emishi Spoon 65・21g[SYP]/ITO.CRAFT

●Hideki Ito
rod:Protomodel/ITO.CRAFT
reel:Exist Hyper Custom 2508, Certate 2508PE-H/DAIWA
main line:Cast Away PE 1.5/SUNLINE
lure:New Spoon protomodel /ITO.CRAFT

●Katsutoshi Yoshikawa
rod:Expert Custom EXC860MX/ITO.CRAFT
reel:Exist 2508/DAIWA
main line:Avani Sea Bass PE 1.5/VARIVAS
lure:New Spoon protomodel /ITO.CRAFT




『会心の64cm』

 昨年5月のゴールデンウィーク、小雨がぱらつく曇天の米代川本流。小田秀明のランディングネットには、思わずうっとりするような幅と厚みのある見事なプロポーションのサクラマスが二本並んで、でんっと横たわっていた。大きいほうは64cm、でっぷりとした風格のあるオスだった。カメラバッグから愛用の一眼レフを取り出す前に、小田はその二本の魚をケータイのカメラで写真に収めた。
 そして、別のポイントに入っていた伊藤秀輝と、さらに離れたポイントにいた吉川勝利のケータイにメールが着信する。送信された画像は光量が足りないせいか、やや不鮮明ではあったけれど、そこに写っている魚体の素晴らしさは一目で分かった。二人はいったん川から上がり、小田のいるポイントで落ち合うと、そこには鉛色の空とはまさに対照的な、釣り師の会心の笑顔があるのだった。
 岸際の流れにつながれた丸太ん棒のような魚を見るやいなや、三人でがっちりと握手をかわし、喜びを共有する。
 この日すでに一本釣っていた伊藤だが満足のいくサイズではなく、小田のサクラマスと笑顔を見て、ますます気持ちが高ぶった。
「あれは本当にいいマスだったよ。自分の釣った魚ではないけど、嬉しかったな。サイズも太さもあって。しかも格好いいオスだったし。次は俺らの番だなと」
 そのサクラマスは、5月のド本流でどんなファイトをしたのだろう。きっと重々しく頭を振って暴れ、トルクのある走りでハチロクを曲げ、その痺れるような手ごたえに小田は心から歓喜したことだろう。
 その魚が小田秀明にとって、生涯最後のサクラマスになるとは誰にも想像すらできないことだった。


『同志』

 小田が、初めてサクラマスと出会ったのは平成元年3月19日のこと。その時の感動が情熱を燃やす発端となり、それから30年近くもの間、ひたすらに大好きなサクラマスを追い求め、各地の河川を渡り歩いてきた。
 伊藤が小田と知り合ったのは今から20数年前のことで、まだ6月解禁だった頃の秋田や、山形県赤川などでも顔を合わせながら親交を深め、小田は平成21年のシーズンからイトウクラフトのフィールドスタッフに加わった。
 伊藤は小田について、サクラマスに賭ける情熱や実績はもちろんのこと、その釣りスタイルに深く共感している。
「地元岩手、秋田、山形、宮城と行動範囲も広く、とにかく確実に釣る。そして、単に魚を釣るだけではなく、古くからのトラウトルアーの格好よさ、伝統に誇りを持って、それを貫き通している数少ない同志のひとり」
 小田が高い実績を残しながら体現してきた、トラウトルアーのあるべきカタチ。そのひとつがスプーンの釣りである。
「スプーンで鱒釣りを覚えたスプーン世代だし、スプーンの使いこなし方、食わせ方を熟知している。分かっているか分かっていないかで、差が大きく出るのがスプーンなんだ。スプーンを完璧に使いこなせる人は、どんなルアーも使いこなせる。これは他のフィールドスタッフにも言えることで、スプーンの釣りはルアーの原点、スプーンを制する者は鱒釣りの全てを制することにつながるんだよ」


『米代川釣行、二日目』

 小田が二本のサクラマスを釣り上げた翌日のこと。
 さて次は俺たちの番だなと、伊藤と吉川がそれぞれ読みを働かせ、もちろん小田も三本目を狙う。広大な本流域に三人が散る。
 かつての6月解禁にはほぼ毎年足を運んできた吉川だが、4~5月の米代川に立つのはこの釣行が初めてのことだった。
「雪絡みの増水から水が引いて、マスの活性も落ち着いてるように感じたね。活性的には昨日よりもさらに落ちてると思う。まあ俺の場合、この時期のポイントなんて何も知らないから、10年以上前の6月解禁日に伊藤さんと入ったポイントに行ってみたんだ。この状況ならあのへんがいいかなと思って」
 過去の経験を頼りに向かったポイントは、大トロから続く瀬がいったん絞られ、また次の瀬へと開いていく場所。ぱっと流れを見て、その絞りから次の瀬が始まる頭の部分にピンとくるものがあった。水深は約3m。表層の押しはかなり強い。クロスにキャストした新型スプーンのプロトを、計算通りに狙ったスポットへ送り込んだ。
「ドンッ!と来たね。やっぱり6月の魚とは違って、ファイトはめちゃくちゃ強かった。しかもオスだったから、余計に持久力もあって首振りが激しかったよ」
 吉川のネットに収まったサクラマスは62cm。太くたくましい体躯を重い流れに乗せ、さんざん暴れて釣り人を存分に楽しませてくれた。
「すぐに伊藤さんと小田君に連絡をとったんだけど、俺の対岸に何人か釣り人がいて、その下流にいるひとりが小田君だったんだ。ケータイの向こうで、やりましたね! 見てましたよ!って、自分のことのように喜んでくれたね」
 そう語る吉川も、小田とは付き合いが長く、多くの楽しい時間を共有してきた。
「赤川とか最上で一緒に釣りをしたり、米代の解禁で会ったり、釣りをした夜は車中泊しながら、よく飲んだなぁ。俺も小田君も酒が好きだからね。今思えば、お互いの絆を深める本当に貴重な時間だった。後になってそのかけがえのなさに気付く。秋田のサクラマス解禁がようやく早まって、仲間内で誰が先に70オーバーのオスを釣るかって、よく盛り上がってたのに…。飲みながら二人でいろんな話をしたけど、小田君は穏やかにこっちの話を聞きながらも、自分の中のこだわりはものすごく強く持ってる。絶対にブレないんだ。釣りスタイルとしては間違いなく昔からの王道を行ってたと思う。それに性格がまめで、本流の釣りでもひとつのポイントを細かく細かく刻んでいく姿が脳裏に焼きついてる。状況にもよるけど、俺はあそこまで丁寧にはできないよ」
 そして、何かの節目となるような釣りには、伊藤、小田、吉川の三人で行っていた印象が強いと言う。東日本大震災の翌年、閉伊川へ釣行した際もこの顔ぶれだった。(その時の様子は、FROM FIELD「閉伊川のマスに想う」に掲載している)


『忘れがたき時間』

 ゴールデンウィークの米代川本流、小田に続いて吉川も見事なサクラを手にした、その日の夕方近く、三人はひとつの河原に集まっていた。
 伊藤のネットに横たわるサクラマスを、小田が丹念に写真に収めている。
 今釣行のトリは伊藤が飾った。ド本流特有の押しの強い流れを、新型のスプーンで攻め抜き釣り上げたのは、これも62cmのパワフルなサクラマスだった。
 この時期のマス釣りはやっぱりスプーンだよなあ、とスプーン世代の三人が盛り上がる。
 言うまでもなく、夜は祝杯をあげた。
「あの時の幸せそうな小田の笑顔が何度も何度も蘇ってくる」と伊藤が言う。
 まだ秋田解禁が6月1日だった頃、小田はこんなことを話していた。
「解禁日は、久しぶりにあちこちから集まった仲間とワイワイ賑やかに過ごすのが、ここ数年は楽しみのひとつです」と。
 この夜の宴もさぞかし楽しい時間だったに違いない。サクラマスを釣り上げた瞬間と同じくらい、いやそれ以上に、幸福な時間が流れていたに違いない。
 大切な仲間との別れを、残念だとか悲しいとか、そういう簡単な言葉で表してしまうのは何か違う気がするけれど、最後に釣り上げた大好きなサクラマスがこんなにも素晴らしい魚だったこと、そして仲間達と最高に幸せなひとときを過ごせたことが、せめてもの救いだと思いたいのも、残された人間のひとりよがりな思いだろうか。僕らは今まで残してくれたたくさんの思い出を胸に刻み、心からありがとうと、感謝するほかない。
 吉川が言う。
「自分のスタイルを決して曲げない、熱い釣り師だった。またいつか、そっちで一緒に釣りしてさ、夜は馬鹿騒ぎして、朝までとことん飲もうぜ」
 伊藤も言う。
「価値観の共有できる貴重な同志と出会えて、本当に楽しかった。今頃は、功と好きな酒を酌み交わしてるのかなぁ。仲間のみんなが二人の分まで頑張ってる姿を、見ていてくれよ。いつの日か、また…」



≪後ほど改めて、愛用した釣具や過去の釣行写真等を集めた追悼記事を掲載いたします≫
















「信頼のスプーン」 小田秀明 
2014年6月1日、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Stella C3000HG/SHIMANO
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Emishi Spoon 65・21g[SGH]/ITO.CRAFT



◎平成元年3月19日のできごと

 経験あるサクラ釣り師にとって、絶対になくてはならないもの。そのひとつがスプーンだ。もちろんビギナーにとっても必要なルアーであることに違いはないけれど、長くマス釣りをやり込んできた釣り人ほどスプーンならではの実釣性能を知っている。使いやすく釣りやすいミノーがない時代を過ごしたからこそ、スプーンの効果的な使い方を体で覚えている。だからどんなに時代が変わっても、彼らは決してスプーンを手放さない。

 小田秀明が生涯初めてのサクラマスを釣り上げたのは平成元年3月19日、岩手沿岸を流れる安家川でのこと。「当時は、ミノーなんてラパラぐらいしか売ってなかった」という事情もあり、その時使っていたルアーもやはりスプーンだった。
「タックルはフェンウィックの6ft6inにC3をセットして、朝イチに入ったポイントで8グラムのサラマンダーをキャストしたんです。岩裏のよどみにダウン気味に送り込んで、糸フケを巻き取るくらいのリーリングでゆっくりゆっくり引いてきたら、ガクンッとリールが止まって、あれっ、根掛かりか? と思ってロッドをあおった。そしたらラインの先で、グンッ、グンッ、グンッとデカい魚が首を振り始めたんです」
 なんとその時がサクラマスを狙うこと自体、初めての経験で、しかも朝一番のポイントでいきなりヒットしたのである。
 水中に魚体が見えた瞬間の興奮、悪戦苦闘しながらも無我夢中で取り込んだこと、昇ったばかりの太陽にまぶしく輝くサクラの銀鱗、その魚を一緒に来た同行者に見せたくてサクラマスを抱いたまま500m位ダッシュして、着ていた黒いMA-1がギンギラギンになったこと、そんなひとつひとつのシーンを今でもはっきりと思い出せるくらい、小田にとっては大変に印象深い魚であり、言うまでもなくサクラマスにハマるきっかけとなった一匹である。
「あの時の感動は本当に忘れられない。魚体を見て、一発で虜になりましたね。でかくて、綺麗で。あの体験が間違いなく今につながっています」
 小田のサクラマス釣りはここから、スプーンと共に始まった。
 その後どんどん行動範囲を広げ、さまざまな本流に足を運びサクラマスを追ってきた中で、スプーンに対する信頼はますます分厚いものになっていった。スプーンだからこそ攻略できる魚が、やはりいるのだ。


◎平成26年6月1日、蝦夷スプーン、21グラム

「シーズン初期で言えば、使うルアーの8割くらいはスプーンじゃないですかね。まずは魚の鼻先にルアーを持っていくことが最優先ですから。特に雪シロが入った押しの強い本流では、スプーンを使いこなせるかどうかで状況がぜんぜん違ってきますよね。それにスプーンは広範囲を探るだけじゃなく、ほんの小さなピンスポットをきっちり攻め抜くための武器でもあるので、時期や河川規模に関わらず、絶対に欠かせませんね」
 昨年の6月、小田は秋田県阿仁川でロッドを振っていた。
 水位はやや高めで、まずまず悪い状況には見えない。瀬をゆっくりと釣り下っていき、気になるポイントに差し掛かった。
 先行者にアタリはなく、小田は蝦夷スプーンの21グラムをワレットから取り出した。サイドクロスからダウンまで角度を変えながら丹念に探ってみる。が、反応はない。
 小田は静かに立ち位置を移し、ほぼアップストリームの角度でスプーンをキャストした。ラインを先行させながらしっかりと狙ったスポットへスプーンを送り込み、ここぞという所でゆっくりティップを立てながらターンを決める。前回の記事でも触れた「縦のターン」だ。すると小田が操作するロッドに、ゴンッ!とサクラマスの重みが乗った。
 なぜスプーンを使うのか? 理屈より何より、こうしたヒットの積み重ねがスプーンへの信頼を揺るぎないものにしているのだ。
 これまで海外のオールドスプーンを含め様々なスプーンを使い込んできた小田は、蝦夷スプーンに感じている特長をこう話す。
「流れの中でも回転しづらく、潜る感じで泳いでくる。それでいてブリブリと腰を振ってアクションしてくれますよね。流れには強いけど泳ぎが大人しいスプーンや、派手に泳ぐけど回転しやすかったりあっさり浮いてしまうスプーンっていうのはたくさんある中で、蝦夷スプーンはそれらの良い所だけを併せ持ってる。そのバランスが一番の特長だと思います。それと湖でもよく使うんですけど、トゥイッチした時のまるでリップが付いてるみたいなアクションも蝦夷スプーンの大好きな所です。
 スプーンには、ミノーのような誰にでも使いやすい安定性はないし、流れに合わせてきちんと操作できるかどうかで、引き出せる性能に雲泥の差が出てしまいます。でも、それがマスターできれば、あらゆるポイントをとことん攻め抜けますよね。悔いが残らない。サクラマスを釣りに行くのにスプーンを持ってないってことはまずあり得ないですけど、もしこの世にスプーンがなかったら、大げさじゃなく自分の釣りが成り立たないです」









「縦のターン」 小田秀明 
2012年6月1日、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Stella C3000HG/SHIMANO
line:Super Trout Advance Big Trout 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・14g ,18g/ITO.CRAFT



 小田秀明は以前、フライフィッシングでサクラマスを狙っていた時代がある。
 フライにのめり込むきっかけとなった川が、岩手沿岸を流れる小本川だ。ご存知の方も多いと思うが、小本川でルアーフィッシングが解禁されたのは2004年のことで、それまで10年近く、小田はこの川でマスを狙うときにはフライロッドを振っていた。
 その頃に培った経験が、彼の現在のマス釣りのひとつのルーツになっている。

 フライで狙っていた当時の小本川の印象を、小田はこう話している。
「流芯が絞られて、流れの速いポイントが多いんです。フライを先行させながら、魚にじっくりアピールさせることが難しい。そこで多用していたのが、縦のターンです」
 フライフィッシングでは、流れを横切らせるようにスイングさせる横のターンに加え、小田の言う縦のターンもよく使われる。またその複合もある。簡単に言うと縦のターンは、いったんフライを沈め、狙ったスポットでテンションを掛けることによりフライを水面方向へと浮き上がらせる操作で、これにはポイントを立体的に捉え、レンジを探る意図もある。
「飛距離は落ちるんですけど、流れの速い場所、より深い場所を攻めるために、先端2m位を重くしたラインを使ってアップストリームでフライをキャストします。ラインごと流芯に入れて、そのラインの抵抗も上手く使いながらフライを沈めていって、ここぞという所で浮き上がらせる。小本川では、この誘いがないと釣りにならないくらい重要な操作でしたね」

 この縦のターンを、小田はルアーフィッシングでも強く意識していると言う。

 昨年の秋田解禁日、小田は阿仁川にいた。ロッドはEXC820MX、ナイロンライン10Lbにスナップを介してWOOD85をセットしている。朝一に選んだトロ瀬をまずは14gで探る。これはいつものことだが、いきなり深いレンジを攻めるのではなく、釣り始めは活性の高い魚をイメージしながら表層から探っていく。するとすぐに1本目が来た。
「サイズは小さかったですけど、とりあえずホッとしました」

 そして、ふた流し目。同じ14gのWOOD85で、今度はややレンジを下げ中層付近を探ってみると『コツン』という小さなアタリがあった。
「魚がいるのは分かったんで、これは絶対に釣ってやるぞと」
 ルアーをWOOD85の18gにチェンジした。流芯にアップでキャストし、糸フケを取りながらルアーを狙ったスポットまで送り込む。食わせる場所はすでに見えている。
 このとき水中ではラインが先行し、それに引かれるようにミノーの頭は下流側を向いている。張らず緩めずのテンションの中で、流芯側に倒していたロッドティップをゆっくり立てていく。徐々にラインを張り、縦のターンを演出しながら、下流側へロッドを倒し手前側へ横のターンも入れる。
「ミノーの頭が向きを変える瞬間、ここが一番熱いですね」
 いわゆるトゥイッチやジャークといったロッドアクションは、ほとんど加えていない。ライン操作のみ、縦と横のターンのみでサクラマスの食い気を引き出すわけだが、もちろんこれについてはWOOD85の性能も大きく関わっている。
「デッドスローの張らず緩めずの微妙なテンションでも、WOOD85なら泳いでくれる。誘いのバリエーションが本当に幅広い」
 ハイアピールなヒラ打ちだけではなく、このときのようなターン前のナチュラルなドリフトでも、死に体を作らずに魚を誘い続けることができるのだ。このルアーがあるから、シチュエーションに応じて様々な戦略を打つことができる。

 まさにターンの瞬間、思い描いた通り、ゴンッ!と力強いバイトが小田の手に伝わった。その朝、2本目のサクラマスは体高のあるカッコイイ雄だった。
「ラインの操作に関して言えば、自分の中では縦のターンに限らず、フライで培ったものが今の釣りに生かされてると思いますね」
 いつも思うことだが、ただ経験することが大事なのではなく、それをどう消化し、どう自分の糧としていくか。その積み重ねが選択の幅を広げ、より正確な判断力や技術をもたらしてくれる。つまりそれこそが、釣り人にとっての真の財産なのだ。









「阿仁川の解禁日」 小田秀明 
2011年6月1日、秋田県
文=佐藤英喜
写真=小田秀明

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Stella FW 4000 /SHIMANO
line:Extra Protect VEP 10Lb/VARIVAS
lure:Wood 85・18g[GS]/ITO.CRAFT



 6月1日、朝。いつもの年なら決まって米代川本流の河原に立っている小田さんは、支流である阿仁川で秋田解禁を迎えていた。
 この解禁日の釣りを毎年の恒例行事としている小田さんの頭の中には、これから始まる釣りのイメージがきちんと出来上がっていた。
「解禁日の朝はどうしても釣り場が混雑しますし、なかなか思うようには動けないから、ひとつの立ち位置を大切にしようとは考えますよね」
 だから小田さんは、まず表層から釣っていく。もちろん流れのボトム付近にもサクラマスはいて、特に大型の個体は底に着いている傾向が強いことも知っている。しかしせっかくの解禁日、その立ち位置から狙うことのできる魚を効率よく釣っていくために、いきなり底を狙うことはあえてしない。始めから浮き気味の魚もいるだろうし、底にいる魚も食い気があれば表層近くまで追ってくる。それを釣った後で、底に沈んだ渋い魚にトライする。そんなイメージで表層から丁寧に探っていくのが小田さんのいつもの解禁日の釣りだ。
 
 朝イチを賭けたのは、上流の荒瀬から続く大きな淵だった。淵の下流にはまた長い瀬が走り、瀬を遡上してきたサクラマスにとって次の荒瀬を前に格好の休憩場所になっていそうなポイントだ。いかにもな大場所だけに、周りには10人以上の釣り人が見えた。
 流芯は対岸に寄っており、こちら岸は流れが巻き返している。水深は最深部で2mほど。
 最初のプラン通り、小田さんは流れの表層付近でWOOD85の14gにヒラを打たせていった。勢いのある流芯の向こう側の筋、そして手前側の筋、流れを横切らせるのではなく、その筋に乗せながらミノーをきらめかせる。送り込んだルアーを魚に長くゆっくりとアピールさせる。
 しかし、1時間ほど掛けて表層から中層までをじっくり攻めてみたものの、アタリらしきものは何もなかった。周りでもヒットした様子はない。
 活性が低いのか、それとも単純に魚が少ないのか。
 ひとつのポイントを大事に釣るために、2段、3段の構えで臨んでいる小田さんにはまだ余裕があった。中層から下のレンジが、まだ残っている。
 ルアーをWOOD85の18gに変えた。これを先ほどまでと同じく、ドリフトで使う。

 数年前のこと。WOOD85がまだ製品化される前、そのプロトモデルを持って米代本流の下流域に出掛けた小田さんは、そこでWOOD85のドリフトでの威力を実感したと言う。
「いつもは21gとか24gのスプーンを使うド本流。そこでWOOD85を使ってみたんです。表現は難しいんですけど、スプーン的にドリフトさせられて、なお且つそこに、立ち上がりのいいヒラ打ちを思い通りに組み込める。こんな使い方をできるサクラマスミノーは他になかったし、これは絶対に効果的だなって一発で思いましたね」
 サクラマスという魚をスプーンでも、そしてミノーでも長く釣ってきた釣り人にとってWOOD85は恐ろしく革新的であり、まさに待望のルアーだった。状況に応じて様々な使い方ができるけれど、言わばスプーンとミノーのいいとこ取りをしたこのWOOD85で、しかも大好きなドリフトの釣りで、小田さんは今まで釣れなかった魚もこれなら釣れるんじゃないか、そんな確信めいた思いを抱いたのである。

 話は解禁日の阿仁川に戻って、小田さんは18gのWOOD85を対岸目掛けてフルキャストした。アップクロスに投げ込んだミノーを中層より下のレンジまで沈め、ゆっくり流れの筋に乗せながらトゥイッチで派手なアクションを入れる。体勢的には本当にスプーンをドリフトさせる感じで、なるべくラインにドラッグを掛けないようにロッドを立て、ラインテンションを操作する。
 流れを縦に流し切ったミノーが、もう少しで芯から外れターンし始める、その寸前。狙った筋でぎりぎりまでアピールさせようとトゥイッチで最後の息を吹き込み、そして送り込む。と、グウっと押さえ込むようなサクラマスのバイトが、小田さんの手にはっきりと伝わった。
「ドリフトさせている時の微妙なラインテンションの中で、小さな抵抗でもしっかりヒラを打ってくれる。WOOD85だからこそ出来る攻めがありますよね。昔からスプーンはマス釣りに欠かせない武器ですし、スプーンの釣りと言ったらやっぱりドリフトですよね。WOOD85はミノーでありながら、そのドリフトの釣りでも絶大な威力を発揮してくれるんです」
 こうして小田さんは思惑通りに、見事解禁日のチャンスをものにしたのだった。そこにサクラマスがいてくれさえすれば、勝負はできる。その攻略の可能性を押し広げてくれるのがWOOD85なのだ。


【付記】
「今回は川で竿を振れるだけで幸せでしたけど、この魚は本当に嬉しかった。一生忘れられません」と振り返る小田さん。阿仁川は菊池功さんが愛して止まなかった川であり、二人で過ごした楽しい時間がたくさん詰まっているこの川を今回の解禁日はどうしても歩きたかった。誰もが心に期するものがあったシーズンですが、大切な仲間への想いを象徴する一匹だったと思います。









「勝負ルアーと理想のヤマメ」 小田秀明  
2009年9月20日、岩手県
写真=小田秀明
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advance VEP 4Lb/VARIVAS
lure:Balsa Emishi 45S[GYR]/ITO.CRAFT



 ルアーマンなら誰もが、切り札と呼べる取って置きのルアーを持っているはずだ。
 厳しい状況に追い込まれたとき、または千載一遇のチャンスが目の前に巡ってきたとき、ケースから取り出す勝負ルアー。小田秀明にとってそれは、バルサ蝦夷だ。
「普段はインジェクションミノーをパイロット的に使って、ここぞという場面でバルサ蝦夷を結ぶことが多いです。インジェクションで攻めた後も、ここは絶対にいるよなぁっていう所では、必ずバルサ蝦夷で攻め直します。それで出ることも少なくないですから」

 昨年秋、バルサ蝦夷がまた素晴らしいヤマメをもたらした。

 その日小田は、地形的に高低差がなく、浅い平らな瀬が続いている小さな渓流を釣り歩いていた。水量も魚の着く懐も少ないシビアな川だ。
「前から狙ってる川ではあったんです。パーマークのハッキリとしたきれいなヤマメが釣れるんですけど、密かに大きいのもいるんじゃないかと」
 勝負ルアーに出番がやって来たのは200mほど浅い瀬が直線的に続いたあと、川がカーブする所にあったやや水深のある溜まりに、大物の気配を感じたときだ。河川規模、ポイントの小ささから判断して、バルサ蝦夷の45mmを選んだ。
「このミノーは、とにかくヒラ打ちの数にビックリですね。狭いスポットでも、キビキビとたくさんヒラを打って魚にしっかりルアーを見せられる。浮き上がってレンジを外すこともないです」
 振り幅が大きく、なお且つ究極にピッチが細かい。同じ距離の中で、より多くの誘いを繰り出すことができるのがバルサ蝦夷の特徴だ。インジェクションミノーでは不可能な領域の切れ味鋭いアクションで、「ここぞ」のポイントを探る。

 小田が初めてヤマメを釣ったのは小学校低学年の頃。コイの強烈な引き味にハマっていた当時、いつもとは趣向をかえてイワナ狙いで地元の渓流に入ったところ、振り出し竿で流し込んだエサに、見たこともない色鮮やかな魚が食いついた。
「あの魚はよく覚えてます。すごく模様が派手で、きれいだなあと思いました。ヤマメの知識は全くなかったんですけど、すぐに憧れの魚になりました。でも、なかなか釣れない。イワナは釣れたけど、ヤマメは姿は見えても食わなかった。難しい魚だなぁって思いましたね」
 きれいなヤマメはもちろん今も憧れの対象だが、その当時はなかった理想も今はある。ヤマメらしいパーマークを浮かべた、鼻曲がりの大ヤマメが釣りたいのだ。

 その理想のヤマメが、その日、そこにいた。
 岩盤が掘れて、水深は1m近くある。ヤマメが安心して身を隠せる場所なんてほとんどないこの川では、大場所と言っていいポイントだ。しかし当然期待値は高いわけだが、裏を返せばポイントとして目立ちやすいぶん、きっとそこにいるヤマメは釣り人の気配に敏感で、すでに何かを警戒してもいる。シーズン終盤のこの時期、危険を察知しながら生き抜いてきた大物であればなおさら警戒心は強い。
 十分に距離を置いて、バルサ蝦夷45Sを静かに投げ込んだ。竿先を小刻みに振って、ヒラを打たせる。ミノーのきらめきを、魚をじらすように長く見せる。
 水中で大きな影が、ぐわっと動いた。そして猛然とミノーに襲い掛かるのがはっきり見えた。鳥肌が立った瞬間。
「食った!」
 アワセを入れた途端、盛大に水飛沫が上がり、ヒットした魚が上流の瀬に向かって走り出した。暴れる魚を何とかなだめながら、徐々に寄せに入る。無理はせず、タイミングを見計らって慎重にネットを差し出した。

「今まで釣ってきた中で最高のヤマメです」
 小田が釣り上げたヤマメは38cmもあった。いかつい顔付き、体高のあるボディに見事なヒレ。パーマークが色濃く浮かんでいるのも嬉しかった。
 ここまで、よく生き延びてきたなぁ…。ネットの中のヤマメを眺めながら、ひと息つく。
 勘が働いて、この川に降りたこと。日曜日にも関わらず、おそらく先行者がいなかったこと。45mmのバルサ蝦夷を結んだこと。欝蒼とした小さな渓流に、人知れずこんなに格好いいヤマメが育っていたこと。いろんな歯車がかみ合って訪れた幸福。
 今年も、こんな出会いを求めてロッドを振るのだ。








「起死回生」 小田秀明
2009年6月2日、秋田県
写真=山村佳人、小田秀明
文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC860MX/ITO.CRAFT
reel:Certate Hyper Custom 3012H/DAIWA
main line:Fire Line 16Lb/BERKLEY
lure:Wood 85 proto model/ITO.CRAFT



 6月1日、岩手県久慈市在住の釣り人、小田秀明は米代川の二ツ井地区にいた。彼はほぼ毎年、何とかやりくりをつけて秋田解禁の朝をこの河原で迎えている。解禁日の緊張感を味わいたくて、各地から集まる友人達の笑顔が見たくて、秋田へ車を走らせるのだ。
「釣りをするのはやっぱり一人がいいですけど、解禁日はお祭りというか、仲間と久し振りに会って、みんなでワイワイやるのもここ最近は楽しみのひとつになってますね」
 しかし昨年の解禁日、肝心の釣りの方はさっぱりだった。朝イチに選んだポイントで空振りすると、その悪い流れのままあっという間に一日が終わってしまった。粘る釣りはぜんぜん苦にならない、と語る小田は黙々とロッドを振り続けたもののサクラマスからの応答は一切なく、日が暮れる頃にはすっかり意気消沈していたのだった。
 普通ならこのまま終わってもおかしくない状況である。一級ポイントは終日釣り人に叩かれて、解禁2日目はまるで手のひらを返したように沈黙する。それがお決まりのパターンだ。
 小田は2日目、一気に下流域へと釣り場を移した。
 冬季にフレッシュランを狙うような場所だけれど、この6月に米代の下流域を釣るというのは、小田にとって少しも突飛な行動ではない。
「狙いとしては、まずポイントの規模があれだけ大きいから、魚のスレ具合がまだマシなこと。それと、地元の沿岸河川に上るサクラのイメージ、ですね。下流域でしばらくウロウロする魚がずいぶんいるんです。梅雨時期の雨で上ってきたり、台風の増水で上ってきたりするヤツを普通に見てるから、日本海側の河川でも、もしかしたら…、という気持ちはいつもあります。あとは本流でサクラを釣るんだったら、やっぱり銀ピカの、少しでもコンディションのいい魚を釣りたい」
 理屈は分かる。けれど、米代川下流は途方に暮れるほど広大で、やはり時間に追われるなかでは迂闊に手の出しづらい釣り場だ。問題は、魚の着き場を絞り込めるかどうか。

 ポイントに着いてすぐ、フッコクラスのシーバスがヒット。いきなり複雑な心境になるところだが、小田はいたって前向きである。
「とりあえず魚が釣れたってことでテンションが上がります。単純なので(笑)」
 本命のスポットに差し掛かった。一見何もないようなまったりとした流れだが、カーブする川の中央に実は倒木らしきストラクチャーが沈んでいる。川が減水すると、水面に現れるヨレからその存在を知ることができる。
「倒木の下流側でも釣ったことはあるんですけど、経験上、少なくともこのポイントに限って言えばサクラの着く可能性がより高いのは、倒木の上流側です」
 ロッドはEXC860MXを選択。いつもなら、二ツ井近辺ではハチロク、それより上流ではハチニイ、そして富根より下流ではキューゴーを使う小田だが、このときは(ウェブ上や雑誌でも何度か触れられている)ウッド85のプロトモデルを釣りの軸に考えており、より軽快にヒラを打たせるための操作性を求めてハチロクを手にしていた。
 対岸目掛けてフルキャストした16gのウッド85に、ロッドワークとラインスラックを利用してヒラを打たせる。リーリングを止めた状態で2~3回トゥイッチし、ストレートリトリーブを挟んで、また止めてトゥイッチ。それを繰り返しながら倒木の頭をかすめるようにトレースする。倒木の上手に差し掛かったウッド85をギラギラと躍らせる。強烈なフラッシングでアピールし、ストレートリトリーブに入る…とそのとき、ロッドを握る右手がサクラマスの重みを捉えた。力強くアワせると、魚がグングンと頭を振った。
「ホッとしましたね。解禁日は正直、気持ちが折れそうなくらいヘコみましたから(笑)」
 まさに起死回生の1尾。
 サクラマスの素晴らしいファイトと、銀ピカの美しい魚体に小田は心底救われたのだった。
 シーズン中、釣り人はたった1尾のサクラマスに翻弄される。そして、たった1尾の魚に心を晴らすことができる。だからこそ僕らはサクラマス釣りがやめられないのだ。






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