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FROM FIELD TOP>■釣行記 V (#21~25)
PROFILE
いとうひでき。ITO.CRAFTがリリースするロッドやルアーは、アングラーとしての彼がフィードバックし、クラフトマンとしての彼がデザインして生まれる。サクラマスやギンケしたスーパーヤマメを狙う本流の釣りも大好きだが、根っこにあるのはやはり山岳渓流のヤマメ釣りだ。魚だけでなく、高山植物など山のこと全般に詳しい。野性の美しさを凝縮した在来種のトラウトと、それを育む東北の厳しい自然に魅せられている。1959年生まれ。

「イワナの行方」 伊藤秀輝 #25  
2011年8月中旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX /ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st Type-Ⅱ & Balsa Emishi 50S /ITO.CRAFT



 イワナには、地域により、川により、様々な個性がある。そして同じ川の同じエリアでも、時として全く異なるタイプのイワナに出会うことがある。
 夏の雫石川水系。その日、伊藤秀輝が朝駆けの一区間で釣った2匹のイワナもそうだった。
 1匹目のイワナが出たのは支流の小さな堰堤。落ち込みではなく、少し下がった開きの、ブッシュのせり出したエグレにそのイワナは着いていた。堰堤に降りた時からそのエグレに魚の気配を感じていた伊藤が探りの1投目を放つと、やはりエグレの奥から、いいサイズの魚がチェイスを始めた。次のキャストで確実に釣るためにあえて深追いはさせない。尺をラクに超えるイワナが1mほど追ったところでスーっと元の着き場に引き返していった。見ている限り、おそらく伊藤の中では勝負アリの魚だ。
 そして狙い澄ました2投目。エグレのさらに奥へミノーを送り込みトゥイッチで誘うと、水中でサーベルを振りかざしたような銀色の光が、ギランっとフラッシングするのが見えた。ロッドがゴクンっと曲がりラインの先でゴボゴボとイワナが水面を波立たせた。出るべくして出た魚だ。
 ランディングしメジャーをあてると36cmのイワナだった。紫がかった銀のボディに白点を浮かべた、ややスレンダーな雄。すっと鼻先が尖ったいかつい顔付きをしている。

 ネットに収まった魚体を眺めながら、伊藤が雫石のイワナについて話を始めた。
「本流から差してきたアメマス系の個体だね。雫石川に御所湖が作られる以前は、海と行き来してた個体も多い系統だけど、その頃はこういう降海型の個体群と居着きの個体群が、今よりもハッキリ区分けされてたと思うんだよ。サクラマスもそうだけど、基本的にはマスはマス同士でペアリングして産卵するでしょ。でも今の雫石のイワナを見てると、御所湖があることで狭い範囲内にアメマス系と居着きが棲息してるから、違うタイプ同士が交わりやすくて、それで以前の区分けが次第にボヤけてきてるというか、どんどんイワナの系統が複雑になってきてる」
 現場で長く魚を見て、その個体差を注意深く観察し続けてきた目が、イワナの変化を見抜いている。それは単に「アメマス系と居着き」の話に留まらず、実はここ数年、雫石のイワナに関して伊藤が強く気に掛けている問題が他にある。それはブルックトラウトとの交雑だ。
「あれ?と思い始めたのは7年位前で、どう見てもブルックの特徴を浮かばせたイワナが釣れるようになった。もちろん全てのイワナがそうというわけではないし、その特徴の出方も個体によってまちまち。ちょっとブルックの血が入ってるかなあっていう程度の魚もいれば、なかにはハッキリとブルック的な個性を持つ個体も確認してる」
 この問題についてはまた改めて取り上げるつもりだが、本当にブルックの血が混じっているのか、だとしたら、そうした交雑種はどの支流のどのエリアまで広がっているのか。DNA調査を絡めて、今はまずその実態、分布状況を整理しようとしている段階である。また漁協に対しても、在来種が棲息している可能性のある上流部の水域には養殖魚を放流しないように働きかけている。
 魚は大きければ良いというものではない。たくさん釣れれば良いというものでもない。自分たちにとって「いい魚」とはどんな魚なのか、そしてそれを川に定着させるためには何をしなければならないのかを、僕らは真剣に考える時期に差しかかっているのではないだろうか。
「先は長いけど、在来種の保護や魚の質を考えると危機感は募るばかりで、今できることに全力を傾けるしかないと思ってる。もちろん放流事業がなければ今の釣り場は成り立たないわけだから、より好ましい放流の仕方をみんなで模索していく必要があると思う。天然種の血統が保たれた、より自然に近い釣り場や魚を、次の世代に残していくことが自分たちの使命だから」

 撮影したイワナを流れに送り戻すと、元気に深みへと帰っていった。
 そこからさらに釣り上がると古いコンクリの橋が現れ、その橋脚周りで2匹目のイワナが出た。バルサ蝦夷をくわえたイワナは、さっきのアメマス系のイワナとは全く異なる姿をしていた。
 ボディに銀色の輝きはなく、ベースとなる色は紫がかった渋い茶色。サイズはちょうど40cmだが、それ以上に長い年月を生きてきた雰囲気が魚体に漂っている。
「源流域の小さな流れで、ゆっくり成長した山イワナの系統だね。川が増水した時に上流から落ちてきたんだろうけど、だいぶ歳を取ってるし、体力的にもここからまた上流に戻ることはないんじゃないかな。斑点はエゾイワナらしく全部白いけど、まだ若い頃はオレンジ色の斑点を浮かべてたかもしれないよ。昔から雫石にはいわゆるニッコウ系の特徴を持ったイワナもいて、ニッコウ系だけの水域もあれば混じってる川もあるし、個体によっては歳を取るにしたがってオレンジ班が薄れていくのもいる。腹の黄色いイワナにしても、その黄色が徐々に薄くなって、最後は完全に白腹になる山イワナもいる。そもそも個人的には、エゾイワナ、ニッコウイワナ、っていう区別の仕方が無理矢理な感じがするね。たくさん魚を見てると、そう単純に分けられるものではないよ」
 伊藤は、釣り人だからこそ分かることがあると言う。ただ楽しむだけではなく、魚の生態などにも興味を持ち、蓄えた知識を活かしていずれは釣り人側が魚を守らなければいけない。そう考えている。
 いつも掛け替えのない喜びと癒しを与えてくれる魚や川を守るために、今、僕ら釣り人にできることがきっとあるはずである。















「ノーミス」 伊藤秀輝 #24
2011年9月上旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Exist Steez Custom 2004 /DAIWA
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S Type-Ⅱ[YMP]/ITO.CRAFT



 西の方角へゆっくり日が傾き始めていた。かすかにオレンジ色を帯び始めた光線が本流の流れに斜め正面から照り付けている。とある日の午後遅く、僕らは本流ヤマメを狙って河原に降りた。
 押しの強い流れが下流へずっと続いているのを見ながら、伊藤はルアーケースを開け、蝦夷50SタイプⅡをスナップにセットした。
 ゴロゴロ沈んだ岩に当たって、流れが複雑に変化している。ひとつのトレースラインの中に、いくつもの魚の着き場がイメージできる。流芯奥の弛み、流芯の底に沈んでいる大岩の陰、または手前のヨレ、どこからヤマメが現れてもオカシくないように見える。
 しかし実際には、着き場の数に対して魚の数は決して多くない。そして何より普段から魚がとてもスレていて、ルアーが視界に入っただけで吹っ飛んでくるようなヤマメは期待できない。だから、「広く探りを入れながらも、ノーミスで誘うことが基本」と伊藤は言う。
 もちろん、どんな状況でもミスをしたら釣果に響くものだけど、この場合のミスとはトゥイッチやリーリングのリズムが崩れたり、または底からの湧きの強い流れによってルアーがバランスを崩すなどして、水中のルアーをコントロールできていない『間』を作り出してしまうこと。それによって、そこにあったはずの可能性を釣り人が気づかないうちに失ってしまうこと。状況のシビアな本流では特に、そうしたミスを完全になくす意識が求められている。
 ミノーをロングキャストしながら伊藤が少しずつ釣り下り始めた。
 1投、1投、着水からピックアップまで、神経を張り巡らしてルアーを操作する。蝦夷50SタイプⅡがギラギラと光を拡散しながら泳いでくる。
「こういう100m、200mっていう距離を釣り下りながらポイントをくまなく探っていく釣りに、蝦夷50SタイプⅡはやっぱり使いやすい。複雑な流れの中でも泳ぎをキープしやすいから、大事な所でミスを誘発するリスクが少ない。たとえば扁平薄型のファーストモデルのタイプⅡと比べてみると、タイトなローリングできれいに水を切る分、より流れに強いし、ショートピッチの細かなヒラ打ちが決めやすいよね。単純に安定性がある、と言うと、あんまりルアーが泳がないように聞こえるかもしれないけど、全くそうじゃなくて、速い流れが絡み合うような難しいポイントでも、魚がきれいにストライクする泳ぎをキープしやすい。これがこのルアーの一番の強みなんだ」
 100mほど釣り下った先に、流れが絞られてさらに流速を速めているポイントがあった。そこでいいサイズのヤマメがルアーに反応した。
 伊藤は少し立ち位置を変え、よりスローにルアーをアピールするための角度を作った。広範囲を「線」で探るのではなく、いまさっき魚が反応した「点」にルアーを送り込んで、その「点」に誘いを集約する釣りに切り替えた。
 とは言っても、表層の流れがあまりに速く、中層~下層も押しの強い流れが複雑に絡み合っている場所だから、そう簡単にはバイトに持ち込めない。こうしたポイントでは魚を誘うと同時に、魚がしっかりとルアーを口にくわえられるよう伊藤は意識している。
「ルアーを操作しづらいポイントっていうのは魚もミスバイトしやすいからね。そういうポイントでの食わせやすさも、ルアーの大事な性能だよ」
 立ち位置を変えた伊藤は、その1投で本流ヤマメをヒットさせた。
 フックへのわずかな感触に電撃フッキングを決めると、ラインが一直線に下流の川面に突き刺さった。その先で幅広の魚がギラッ、ギラッと身をひるがえす。何発かのファイトをロッドワークでかわし、最後は流芯から離れた緩流帯に誘導して、ネットにするりと滑り込ませた。
 ヤマメが、秋の夕陽に照らされて黄金色の渋い輝きを放った。幅広の本流ヤマメだ。33cmの雄が伊藤の手に収まった。
 帰りの車中、伊藤は蝦夷50SタイプⅡについてこう話した。
「バランス良く安定してるから、誘いから食わせまで、ラクに釣りが展開できるよね。疲れてる時は特に重宝する(笑)。ラクな分、ルアー操作以外の部分にも意識を持っていけるし、水中からのいろんな情報を察知できる。これが最終的にバレを防ぐことにも繋がってるんだよね」


【付記】
イトウクラフトの5cmミノーには様々なモデルがあって、それぞれに与えられたスペックの違いや開発者の意図を感じ取りながら選択する楽しさがあります。
それにしても、渓流のヤマメ釣りとはまた違う、本当に繊細で微妙なニュアンスが本流の釣りにもあるんですね。やっぱりそのへんが、いい魚との出会いを左右しているように思います。













「ヒラ打ちの意味」 伊藤秀輝 #23
2010年9月下旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Balsa Emishi 50S[GYM]/ITO.CRAFT



 伊藤秀輝のミノーイングを語る上で、欠くことのできない単語が「ヒラ打ち」だ。
 なぜ伊藤は、「ヒラ打ち」にこだわり続けるのだろう。どうしてイトウクラフトのリリースするミノープラグはみな、「ヒラ打ち」というアクションに重きを置いているのか。その理由を改めて伊藤に聞いた。
 そもそもヒラ打ちとは、ミノーの背中が横にぱたっと倒れる動きで、これを左右交互に連続して繰り出しアピールする。
「まず、魚の好奇心や攻撃性を引き出す上で、ヒラ打ちの動き自体がすごく効果的なアクションであることは経験上はっきりしていることで、ミノーが倒れる時のフラッシング、あの光に魚は反応する習性を持ってる。そして何より重要なのが、そのヒラ打ちの動きを、誘いから食わせまで釣り人が自在に操作できるということ。これがとてつもなく大きなメリットを生むんだよ。なぜイトウクラフトのミノーがヒラ打ちに特化しているかというと、その操作性の部分が本当に大きい」
 つまりヒラ打ちに優れたミノーは、魚の活性やスレ具合に合わせて、次から次へと思い通りに泳ぎをシフトチェンジできる強みを持っているのだ。この性能こそが現在の伊藤の釣果を支えているのである。ワンパターンの釣りでコンスタントに釣れるほど、今のフィールドは決して甘くない。
「本当の意味でヒラ打ちに特化したミノーというのは、誘いのギアの数が多いんだよ。その日の状況、その魚が興奮するツボを読みながら、ヒラ打ちのリズム、ミノーの背中を倒す角度によって様々なバリエーションを狙い通りに演出できる。ひと口にヒラ打ちと言っても、トゥイッチとリーリングの組み合わせ方次第で、完璧にミノーを倒すヒラ打ちから、3分の2ヒラ、2分の1ヒラ、3分の1ヒラ…、というふうに魚の表情に合わせてどんどんギアチェンジできるわけ。仮にヒラ打ちを止めたければ誘いを止めればいいし。最初からヒラを打てないミノーにいくらトゥイッチをかけてもヒラは打たないわけで、高性能なヒラ打ちミノーはその対応力の高さが大きな武器になる。単純にローギアしかない車とギアのたくさんある車とでは、どっちがいい走りができるかって言ったら、答えは言うまでもないよね」
 たとえば魚がミノーをチェイスしても、活性が低くなかなかミノーとの間隔が縮まらないケース。そんな時伊藤は、誘いのギアを次々と入れ替えることでその距離を詰めさせる。はた目にはなかなか気付けない変化でも、彼は意図的に、確実に誘いをシフトチェンジしている。それもヒラ打ちに特化したミノーだからこそできる芸当なのだ。
 加えてヒラ打ちは、アップストリームでどれだけスローに引いてこれるか、という面においても大きな意味を持っている。釣り人の操作次第の部分もあるけれど、ヒラ打ちミノーはワンアクションに要する移動距離をギリギリまで抑えながら、そこに止めておくようなイメージで誘いを繰り出すことができる。限られた距離のなかでより多くの誘いを演出することができるし、想定した魚の目の前で、効果的にアクションを決めることができる。
「それと、追ってきた魚にいざ口を使わせる時、大きくヒラを打たせてから瞬時に食わせのタイミングへ移行できるのも、ヒラ打ちミノーの有効性のひとつ。狙ったラインから意図しない方向へ大きくスライドしてしまうミノーでは、食わせのタイミングなんて取れない。すべて自分でコントロールできるからこそ面白いんだし、ヒラ打ちをなくして今どきのスレた魚を釣る展開はとても考えられないよね」


 さて、写真のヤマメについて話をしたい。これは昨年9月の話。
 毎年秋になると、いいヤマメが入ってくるブッツケの淵がある。瀬の速い流れが絞られて岩盤の壁に当たり、淵となって広がっている。最深部で1.5mほどの深さ。
 期待できるポイントだが、このポイントならではの難しさも伊藤は知っている。魚に釣り人の存在を気付かれやすいのだ。光の回り方や周囲の景色、それらといつも釣り人が立つ場所との位置関係がそうさせているのか、とにかくこの淵のヤマメは、釣り人の姿をいとも簡単に発見してしまう。まずそんなことを考えるのが全く伊藤らしいと言えばそうなのだけれど、そうした細心の注意力がいい魚に辿り着くまでの実は重要な鍵となっていることも少なくない。
 近くの駐車スペースから直接このブッツケの淵に下りることも可能だが、伊藤はあえて薮を漕ぎ、ひとつ下流のポイントから釣りを始めた。ここから静かに釣り上がっていく。
 ブッツケの淵よりやや水深は浅いものの、ここもいいポイントだ。上流を目指しているヤマメが、今、本命ポイントの少し下流にいてもおかしくはない。もちろんその可能性も伊藤は考えていた。
 シーズン終盤で釣り人のプレッシャーが目いっぱい蓄積していることからも、魚の活性は高くないと読んだ。こんな時の伊藤は最初から、ミノーの背中を大きく倒すアピール力の強いヒラ打ちで挑むことが多い。スレた大きなヤマメほど賢くて臆病なものだが、その一方で彼らは強い攻撃性も備えている。1投目から強い誘いで、早めにそのヤル気に火をつける。
「ケースバイケースではあるけどね。もしそれで食ってこない魚なら、こういう状況では初めからチビリチビリ誘っても結局は反応しないんだよ」
 5投目のこと。アップストリームで放ったバルサ蝦夷がギラギラと流下してくるその真下で、大きな影がぐわっと揺らめいた。
「いたっ。こっちに入ってたか…」
 その反応を見て伊藤は、誘いのギアをさらに一段上げた。最初から強い誘いをしても、そこからさらにシフトアップできる余裕を彼はいつも残している。より角度のあるもうマックスに近いだろう強烈なヒラ打ちを、沈黙を取り戻した流れの中に次々と打ち込んでいく。緊張感にしびれる時間が続いた。
 そしておよそ15投目。それまでの沈黙が嘘のような激しさで川底から魚が浮上し、ドンっ!とミノーを突き上げるように食った。誘い続けながら神経を研ぎ澄ましていた伊藤が反射的に、素早くアワセを入れる。手首とヒジの動きでフックポイントを深く突き刺す。バットから曲がったゴーイチのカスタムが魚の大きさを物語っている。流れの中層あたりで怒り狂ったように猛然と身をくねらせるヤマメを、伊藤は無駄のない冷静なやり取りでいなすと、あっという間にネットにすくい取った。
 浅瀬に横たわった凄まじい迫力の雄ヤマメがグッとにらみを利かせる。魚というより、獣さながらのいかつさ。鮮やかな婚姻色と、45cmという大きさでありながら恐ろしいほど鮮明に浮かびあがったパーマークが目に焼き付いた。
 ミノーを100%コントロールしたい。そしていいヤマメを釣りたい。だからこそヒラ打ち。そう語る釣り人は自分の釣りを完璧に成し遂げた達成感に、会心の笑みを浮かべたのだった。


【付記】
今やトラウトのルアーフィッシングで、「ヒラ打ち」という言葉はごくありふれたものになったし、初期型蝦夷の発売以後、ショップでもヒラ打ちアクションをうたうミノープラグはたくさん見かけるようになりました。しかし正直なところ、その意味が理解されないまま言葉だけがちょっと乱用されている気がするのは僕だけでしょうか。今回、ヒラ打ちの意味について改めて話を聞き、その思いがさらに強まりました。
















「バラさないために」 伊藤秀輝 #22  
2010年9月下旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL Limited Edition proto model/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S[HYM]/ITO.CRAFT



「この話を始めるとさ、本当に長くなるんだよなあ」
 ヒットしたヤマメをバラさらないために、これまで考えてきたこと、そして今考えていることを伊藤に聞いてみた。
「まず、ベリーのフックを食ってバレるのと、テールフックを食ってバレるのとではぜんぜん理屈が違うんだよね。ベリーのフックをくわえるということはミノーのボディまでしっかりとヤマメのアタックが及んでいる、ということで、それだけ噛む力も強いんだ。魚の興奮もある一定レベル以上は高まっていて、釣り人的に見れば『いい食い方』だよね。で、テールフックを食ってくる場合は、何かを疑いながら突っつくような食い方。その、疑いながらの食い方にもピンからキリまであってさ、口をほとんど開けずに本当に鼻先で押すようなアタックとか、ハヤのようにフックだけを吸い込むような食い方とか、とにかくミノーのボディには触れようとしないんだけど、でも、なぜか、フックには触れようとする一面がある。警戒心はあっても少なからず好奇心もあってチェイスしたわけだから、魚食性の強い魚なら特に、ミノーのどこかには触りたいんだよ。そういうヤマメにとってミノーのフックは、小魚の尻尾やヒレ、そういうものに見えてるんじゃないのかな。例えば子供たちが初めてヘビなんかに触る時にね、いきなり頭からは掴まないでしょ。それと似たような感じでさ、恐る恐る触ってくる感じ」
 20年前はミノーを丸かじりする勢いで襲い掛かってきたヤマメも、今はルアーや釣り人の存在そのものにとても神経質になっている。大型の個体であるほどその傾向は強く、いい魚がベリーのフックまで深くバイトすることは今はもうほとんどないと伊藤は言う。誘いを駆使し、ギリギリまで魚の興奮を高めてやってもテールフックに軽くタッチするだけ。そんな状況が当たり前になっている。
「昔は昔で、バラシを減らすためにいろいろ考えてたんだよね。フックについて言うと、まだスレていない魚が多くてミノーのボディまでくわえてきた頃は、バラシ対策としてワイドゲイプのものを選んでた。ノーマルよりも1ランク大きなフック。というのも、魚がミノーのボディをくわえた瞬間にアワセを入れれば、口からボディが抜けた後にフックが刺さるよね。それを考えると、ミノーを背中から見た時に、ボディからフックがより出っ張ってた方が単純にフッキング率は高まる。スプーンがバレにくいのもそういう理屈だし、当時は厚みのある形状のミノーが多かったけど、薄いボディの蝦夷を作ったのは、背中から見た時のフックの出っ張りを大きくすることでフッキングを良くする意図もあったんだ」
 では、ヤマメがテールフックを突っつくようなバイトしかしない今、伊藤はフッキングについてどう考えているのだろう?
「当然、昔よりさらにフッキングしやすい状況を作っておく必要があるよね。フックの番手を上げればシャンクが太くなって刺さりが悪くなるし、かといって細軸だと、大物に対しての強度に不安がある。大きな魚ほど口をひらく力が強いから。フックが外れたり伸びたりするのは、大抵は魚が口をひらくことによって起こってるんだよ。そこで刺さりと強度、ちょうどいいバランスでデザインしたのが蝦夷と山夷に付けてる中細軸のフックなんだけど、もちろんフックが伸ばされるのは、フッキングの際にゲイプまできちんと突き刺していないことも大きな要因になってる。アワセのパワーがロスなく伝わりやすいファーストアクションのロッドは絶対的に必要だし、アワセの素早さ、強さも重要。何かひとつが足りなくて、いい魚を簡単にバラしてしまうのが今の状況だよ。ぼーっとしてたらアワせる暇もなくバレてしまうのが今の魚だし、フッキングやアワセを無視した釣りはもう成立しないよね」

 9月のある日、伊藤は36cmの見事な雄のヤマメを手中に収めた。これもきっと、何かひとつ欠けていたら獲れなかった、本当にシビアな魚だった。
 ポイントは淵。毎年の傾向で言えば、その上流と下流にあるポイントの方がいい魚が着くらしいが、夏頃にその淵を攻めてみると、いいサイズのヤマメがミノーを追った。しかし反応はその一度っきりでそれから何度か足を運んでみたものの、そのヤマメは姿を消したように見えなくなってしまった。
 そして秋を向かえ、再びチャンスが巡ってきた。他のポイントを攻め終えた後、ふと思い出してその淵に行ってみると、5投目にチェイスが見えた。あのヤマメだ。あいにく逆光でチェイスが見えた時には魚はもう足下から7、8mの所まで来ていた。このまま追わせて口を使わせるか、それとも早めにUターンさせて攻め直すか。その判断が難しかった。どちらの選択にもリスクがあった。
 伊藤は、そのチェイスの様子を見て、二度目のチェイスはないと判断した。このまま食わせる。短距離で誘って誘って、限界までヤマメの興奮を盛り上げて、最後の最後に食わせのタイミングを入れた。恐る恐る追ってきたヤマメが、ミノーのテールフックにちょんっと触れるのが見えた。その瞬間に神経を集中させていた伊藤はそれとほぼ同時にアワセを決めた。
「アタリが出ていない状況で、魚がフックに触れて反転する時の『キラッ』の『キ』でアワせないと、こういう今どきの魚はなかなか乗らないよ。それとよくあるのが、いくら素早く強くアワセを入れても、その直後にラインテンションが緩んでしまって、それが原因でバレてしまうケース」
 アワセを入れた瞬間のバババッ!という魚の首振りで、どうしてもラインのテンションが緩みやすくなるのだ。そのテンションの一瞬の緩みが、フックアウトしやすい状況を作ってしまうのだ。
「この時は手首の鋭いアワセで乗せて、そのままのテンションを維持しながらヒジの動きとリーリングで、バットのトルクを使って一気にハリ先を貫通させたね」
 釣り上げた魚を見てみると、テールフックの一本がヤマメの上アゴに深く突き刺さっていた。もし、刺さりの悪い太軸のフックだったら、または強度的に物足りない細軸だったら、ハリ先が甘くなっていたら、アワセのタイミングが少しでも遅れていたら、ハリ先を貫通させる前に糸フケを作っていたら、果たしてこのヤマメはどうなっていたのか。バレていた確率は決して低くなかったと思う。フッキングのわずかな瞬間にも、釣り人の経験と技術、道具の性能、それらの確かさを垣間見ることができる。
「バラシについては俺もどれだけ悩んできたか(笑)。釣り人によるプレッシャーが強まって、ルアーに反応させるのも、そしてヒットした魚を獲ることも年々大変になってきてる。フックやロッドといった道具の問題だけじゃなく、魚の着き場、流れはどうなっているか、それに対しての立ち位置、そういうポイントでの基本的な判断の誤りが、結果的にバラシに繋がってることが多いんだ。やっぱり全部、魚との駆け引きなんだよ。釣り人次第で結果は大きく変わってくるよ」
 
【付記】
今回は釣り人なら誰しもが泣かされ、頭を悩ませている「バラシ」について話を聞いたわけですが、しかしいつものごとくあまりに複雑に話の枝葉が広がったため、ずいぶんと内容を割愛してまとめました。フックひとつを取っても次々と話が展開していって、特に、昔からちょくちょく試しているシングルフックのメリット、デメリットの話はすごく面白かったのですが、それはまた別の機会に紹介したいと思います。魚がバレやすい立ち位置などもいつか詳しく取り上げてみたいし、とにかくこういう引き出しの多さが彼の釣りを形作っているんだな、と改めて実感。













「小渓流のゴーロク」 伊藤秀輝 #21
2010年9月中旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S Type-Ⅱ[AU]/ITO.CRAFT



 山岳渓流のヤマメ釣りで昨年の伊藤秀輝は、あえて5ft6inのロッドを握ることが多かった。その意図、ゴーイチとゴーロクの違いについては今年度のカタログで取り上げられているがカタログを手にしていない方のために、そのテキストを以下に掲載。

 まずはゴーイチの話から。
 渓流のアップストリームの釣りにおいて、伊藤が現場で辿り着いた言わば必然のロッドレングスが5ft1inである。
「アップで釣る川というのは、大概が山間を走るブッシュの多い渓流で、まずロケーション的にキャストもトゥイッチもコンパクトに行なう必要があるよね。それに、ミノーを追ってどんどん近づいてくる魚に対して、こっちの存在を悟られないように一切無駄な動きをせず、且つ、魚をミノーへ集中させておくために誘いを掛け続けなければならない。チェイスしたヤマメを目で追いながら、決めるべきアクションを次々と展開する。そこで極端な話、手を2cm動かしたら2cmミノーが動くような、ファーストテーパーのショートロッドが必要だったんだ。それとゴーイチは、追ってきた魚を足下ぎりぎりまで誘えるレングスでもあるし、また手返し的にも有利だよね」
 必要最低限のしなりと溜めを残しつつ、高い操作性と取り回しの良さを追求した結果が、エキスパートカスタムのゴーイチなのである。
 しかし昨シーズンの伊藤は本来ゴーイチで釣り上がる川に、EXC560UUXを持ち込むことが珍しくなかった。
 なんでも「アップの釣りに新しい楽しみを見つけたから」であるらしい。
 アップストリームの川であえてゴーロクを振る楽しさ、メリットとは何か?
「まず、トルクフルなストロークがある分、飛距離はラクに出せるよね。バルサ蝦夷のような軽めのルアーでも、しっかりとした弾道を作りやすい。このバルサの扱いやすさというのが、ここ最近のシビアな状況では特に大きかった。軽量ミノーをよりパワフルなロッドで投げるのは逆に大変なように思われるかもしれないけど、それはキャストの仕方次第で、ULXのバットを空振りでマックスまで曲げるキャストができれば、結局は1gでも2gのルアーでもロッドの反発力でぶっ飛んでいくんだよ」
 また、ロッドが長い分だけ周囲のボサが邪魔になるのは事実として、その長さがあるからこそかわせるボサもある。ゴーロクだからこそ通せる隙間があるのだ。それに気付くと、ゴーロクにもラクで楽しい部分が多いと言う。誘いを掛けているときも手前にある岩や障害物をかわしやすい。
「それとね、速いテンポで次々とキャストするから、多少体の軸がずれた体勢で投げることもあるんだけど、バックスイングでゴーイチより長く溜めておける分、リリースの瞬間までに修正や微調整がしやすいんだ。リリースの微妙なタイミングも掴みやすい。ゴーロクを使うといろんな意味で、『余裕』が生まれるんだよね。もちろん魚とのやり取りもじっくり楽しめるし」
 取り回しの面など、ロッドが長いことのデメリットはどうするのか? という問いに対しては「技術で克服」とズバリ。彼のなかでは基本中の基本だが、360度どの角度からも手首だけでキャストできればずいぶんカバーできると言う。
「小渓流にゴーロクを持ち込んで改めて感じるのは、ゴーイチの釣りはレーシングスタイルだなと。少しのロスも許されない、っていうね。いい魚を見つけて本気で食わせにいくときはゴーイチだし、例えばいい釣りをした後、もっと余裕のある釣りを楽しみたいというときにはゴーロクを使う。最近はどっちも捨てがたいね。2つのレングスを使い分けることでアップの釣りがまた違った角度から楽しめるんだよ」

――― 2011 ITO.CRAFT商品カタログより












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