spacer
Media / Contacts
HOME RODS LURES LANDINGNET ACCESSORY FROM FIELD CRAFTSMANSHIP NEWS MOVIE
FROM FIELD TOP>うぬまいちろう Ichiro Unuma
PROFILE
うぬまいちろう。 メインワークのイラスト制作のほか、ライター、フォトグラファーとしても各メディアで活躍中。日本各地をゆるゆると旅しながら、車、アウトドア、食、文化風習などをテーマにハッピーなライフスタイルを独自の視点から伝えている。釣りビジョン「トラウトキング」司会進行。モーターマガジン誌の連載「クルマでゆるゆる日本回遊記」では、キャンピングカーで日本一周の旅を敢行中。1964年、神奈川県生まれ。

「イーハトーヴォの川のほとりで」 うぬまいちろう
2010年8月某日、岩手県
文とイラスト=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S 1st/ITO.CRAFT



 雫石……。
 その艶やかで滑らかなコトバの響きは、午後の木漏れ日に照らされてキラキラと煌めき、この地を清く流るる川のようである。
 緑の天幕をくぐり、しっとりと山の水が染みこんだ落ち葉を踏みしめながら藪をこぎ、煌めく流れに浸かると、偉大なる作家、宮沢賢治が愛した『イーハトーヴォ』の世界が広がるのだ……。
 思えば遡ること15年前の色取月。かような『イーハトーヴォ』の川のほとりで、竿をたたむボクに奇策に声をかけてくれたのが、陸奥のアニキこと、『ITO.CRAFT』社長の、伊藤秀輝氏(以下アニキ)であった。
「いやいやいや~、川崎から来たっちゃか? したっけはぁ、釣れたぁ~?」
「い、いえ、なんかイマイチでしたぁ……」
 このなんの脈絡もない会話が、素晴らしき縁の始まりであり、ディープなる山釣り行脚の序章であった……。
 以来、意気投合した陸奥のアニキとボクは、山紫水明(さんしすいめい)なる、陸奥の流れを旅することとなるのである。
 どのくらいの流れを渡り、どのくらいの深山を超えたのだろうか? 時には数日にして、ウェーディングシューズのステッチがほどけ、靴がバラバラになってしまうほどの強行軍を強いた時もあった。
 また、百花繚乱の輝ける渓魚との出会いは、そのどれもが素晴らしきココロの糧である。それらは常にボクの魂の中をゆるゆると泳ぎ、時として飛沫を上げ、乾きかけようとするココロのヒダを、その濡れた尾鰭でピシャリ!と弾くのである……。
 さて、この約束の地を流るる幽玄の川を訪れたのは、季白(きはく)の月であった。ウェーダーを履きシューズのひもを締めて、各種装備を施し、深く呼吸する。甘き水香る山の空気を吸えば、ボクは山のヒトとなるのだ。
 ちなみに山のヒトには誰でもなれる。山に入り、花鳥風月(かちょうふうげつ)を魂で感じ、山と川、そして森に棲む八百万(やおよろず)神様に感謝すれば、誰もが山のヒトとなるのである……。山のヒトになってしまえば、あとは思い切り遊ぶだけだ。童子に戻って高らかに笑いながら山河を駆けめぐれば、大抵は誰でも至極幸せになれるのである。
 山釣りといえば、特にストイックなファクターばかりが連想されがちであるが、目を三角形にしてばかりでは、真の山の人にはなれない……。
 アニキの釣りも言わずもがな、時に武道家の戦いのように極めてシリアスなスタイルであるが、反面、スイッチを解除した時のココロの箍(たが)の外れようたるや、それは凄まじきもので、二つ山向こうにもその高らかな笑い声が木霊するほどである。
 山の木々と宝石のような渓魚がそうさせるのかどうかは定かではないが、実際、ボクもアニキも、水に浸りながらどうでもいい話に花を咲かせ、よくよく高らかに笑うのである。
 笑いはことさら殺気を封印するのか、
「アハアハアハアハアハアハ~!」(実際アニキはこの文字の如く笑う)
 なんてやっていると、決まってタイトラインを介し、カスタムのグリップにググッ!と命の猛が伝わってくるのだ……。
「やりぃい~!」
「来たっちゃかぁ~???」
 笑いが呼び水になったのか?それともアニキのガイドが的確だったのか? おそらくその両方の効能と思われるが、水を割り、モアレ状に輝く水面の煌めきを纏うのは、気絶するほど悩ましく、ビビッドに色付いたヤマメちゃんであった。
 太古より、脈々とこの地に育まれてきた、正しく光彩陸離(こうさいりくり)たる流れの奇跡、雫石の生ける宝石である……。
 尺を超えるようなサイズではなかったが、迸る極彩色に彩られたその姿は、ボクを釘付けにし、魂を艶やかにいざなうのであった。
「んやぁ~! したっけはぁ、しこたま綺麗なヤマメだじぇ~!山の神様に感謝しないとねぇ~、アハアハアハアハアハアハ~!」
 アニキはそういってボクの一匹を笑いながら褒めてくれた。一瞬真顔で『森の神様』といい、そしてまた幸せそうに笑うのであった。
 『森の神様』なんていう台詞を木訥(ぼくとつ)に口にするのは、記憶する限りボクの周りではアニキただ一人である。やっぱりアニキはただ者ではないのだ。生粋なる山のヒトなのである……。
 などと思っていたら、そのアニキが美しき山の恵みをさらに一尾追加!まさに山の神の恵みのダブルヒットと相成った次第で、二人でまた、「アハアハアハアハアハアハ~!」と、高らかに笑ったのである。
 さて、気持ちが落ち着くと無性に腹が減ったので、『イーハトーヴォ』の美しき流れより緑萌える草原に舞台を移し、コンビニで買ったオニギリやパンをムシャリ!と頬張る。
 腹を満たしたらゴロリと寝転がるのが『イーハトーヴォ』流である。蒼い空を見上げ、少しウトウトとしていると、
「あやややや~! アレ! ほら、オニヤンマ!」とアニキが突如、奇声を発する……!
 ガバッと上体を起こしたボクは即座にムシ取り網と篭を手にし、怒濤の追跡劇を敢行! こういうことがいつあってもいいように、虫取り網やタモ、サデ網にセル瓶、そして幾つかの潜りの道具を、常に愛車、T-4ウェスティーに積みっぱなしなのだ。
「やたっ! お、オニヤンマ! オニヤンマ捕ったのは、ホント久々ですよぉ……!」
 エイヤ!とウェイダーのまま急に野原を駆けめぐり、飛び、叫び、そして弾けたものだから息づかいが荒くなってしまったが、イタズラ心が動力である場合、不思議と疲れないものだ。網の中の見事なオニヤンマを前に、
「やりぃ! やった~!」
「やった! やったっちゃ~!」
 と、アニキ共々喜々とする。
 大の大人、それも厳ついオヤジ二人がはしゃぐ姿は、さぞや怪しい光景だったに違いない。が、『イーハトーヴォ』の世界ではこれが普通。なのでコレデイイノダ!
「秘密のコナラの木があるっちゃ~! したっけはぁ、とんでもねぇ虫ちゃんが、しこたま捕れるよぉ……!」
 突然のオニヤンマ拿捕が、どうやらアニキのハートに激しく火を付けてしまったようである。生粋の山のヒトがそこまでいうならと、素直に後に続くと、樹液溢れるコナラに、テラリと輝く立派な甲冑を纏ったカブトムシと、キュワン!と顎が見事に曲がったノコギリクワガタが居るではないか!
 やや日が高く昇った時間だというのに、彼らは何事もなかったかのように、悠然と樹液を啜っているのである。
「イーハトーヴォ万歳……!」
「雫石の素晴らしき奇蹟万歳……!」
 かくして川の宝石の次は山の宝石に出会え、至福の時を迎えたボクらであった。
 しばらくカブトムシとノコギリクワガタを手に取り、服に付けたり帽子に付けたりしてもてあそび、それから川のお友達同様に、優しく森に戻してあげた……。
 再び幽玄なる流れに戻り、端麗な水に浸かると、温く湿った山の風が頬を撫でていった。その時なぜだか、プン……、と、つい先ほど逃がしてやったばかりの、カブトムシのにおいが鼻をくすぐったのだ。
「あれ、ブトムシの匂いしませんか?」
 ボクがそうアニキに訊くと、
「したっけはぁ、さっきうぬちゃんの帽子にはぁ、一番でっけぇカブトムシくっつけといたからねぇ……!」
 アニキはそういうと、本当に幸せそうに、「アハアハアハアハアハアハ〜!」と笑うのであった。その声は、向こうの山を越えて遠く木霊するのである。
 川岸のクマザサがザワザワと風にそよぎ、笑い声に混ざると、山啄木鳥(ヤマゲラ)が、
「ピョーピョピョピョ……ピョー!」
と鳴いた。
 イーハトーヴォの午後の森は少し温かかった……。
 良き釣りと良き旅を。ラブアンドピース。















「渓を歩く、絵を描く」 うぬまいちろう  
2010年9月某日、岩手県
文=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S 1st/ITO.CRAFT



 晩夏の陸奥の流れは、ちょっと遠慮がちなお日様をキラキラと反射させ、ボクらの全身を摩訶不思議なパターンで照らすのであった。
 ススキが穂を垂れ、少し冷たく感じた午後の川には、それでもまだ何処かにほんのりと夏の香りも残り、少し歩くとゴアテックスのウェーダーの中は、透湿性といえどもダイエットに好条件となる。
 毎日こんなことをしていれば確実に、且つ健康的に痩せる。激しく入山を繰り返す、年間釣行の多い山釣り師にデブがいないのは、きっとこんなシンプルなことが原因なのだ。
 もっとも、夜討ち朝駆けの不眠不休で川を攻める奇特な御仁も多いので、その場合健康によいのかどうかは定かではない……。
 昨今特に腹回りに余計なものがつき始め、更に後者の夜討ち朝駆けシチュエーションであるボクは、不健康なデブ……、ということになるのだろうか。
 果たしてかようなことを思いつつ、少し重い足取りで川を行くボクであったが、先を行く陸奥のアニキこと、伊藤秀輝氏は、
「あは、あは、あは~!うぬちゃんが来る前は、必ず天気が悪くなるっちやねぇ~!これ、こんなに増水しちゃってさぁ……、あは、あは、あは~!」
と、笑うのである。
 ちなみに
「あは、あは、あは~!」
というのは、アニキ独特の笑い方で、本当にこの文字の如く抜けたように笑うので、藪に入っても、笑ってくれさえすればどこにいるかすぐに解るのである。
 しかし、アニキの笑い声を聞くと、少し重くなった体のことや、仕事のアレコレなど、一切の混沌と煩わしきことが、まったく気にならなくなるから不思議である。森のマイナスイオンと相まったその癒し効果たるや、かなりのものなので、大原野に響き渡るオオシジキの嘶きや、深山に木霊するクマゲラのドラミングに勝るとも劣らないものなのである。
 さて、美しき陸奥の流れの中を二人でガサガサジャバジャバと行くのであるが、時折、ハッ!とさせられる光景に出会うことがある。
 例えばそれは逆光の中、バックハンドでビシッ!とキャストを決めるアニキだったりするのだが、千山万水(せんざんばんすい)の渓谷を背景に、瞬間、虹のような輝きを纏って飛沫とラインがキラキラと煌めき、これがもう素晴らしく絵になるのである。
 こんな眺望と出会う時、いつも思うことがある。
 この場にスケッチブックと水彩絵の具があれば……!と。
 デジタルカメラの性能が著しく向上したきょうび、カシャッ!とやれば、比較的イージーに、誰にでも素晴らしき一瞬を押さえられるようになったのだが、そういう現実のリアルな景色とは別の風景が、ボクのお脳の片隅で弾けて渦を巻くのである。
 イラストレーターの端くれであるボクの血が滾(たぎ)り、
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~!描きてぇえええええええええええええええええええええええええええ~!」
と、熱くなるのである。
 余談であるが、
「うぉお~!描きてぇ!」
なんて、絶対に声に出して読まないように。特に勘違いされることは火を見るよりも明らかである……。
 しかし、『エクストリームアイロン』なんておかしな競技?にはまる御仁がいるこの時代、渓流に釣り具とスケッチブックと水彩絵の具を持ち込む酔狂がいてもよいではないか……、なんて常々思う次第で、実は近々それを敢行して、その道の大家になってやろう!と、嫌らしい野望を胸に今回、その予行練習ということで、ちょっとした画材をちゃっかり持ち込んでいたのである。
 コットンと純良パルプでできたお気に入りのホルベインのクレスター水彩用紙のスケッチブック。紙への定着性が良好且つ均一な、ステッドラーのルモグラフ製図用高級鉛筆。使い込んで灰色になった練り消しゴム。顔料とアラビアゴムのメディウムから作られる、鮮やかなホルベイン透明水彩絵具に、パックロッドのように短いヌーベルのネオ水彩用筆と、頑丈なスティールのパレット……。
 それらは川での使用を考慮して、防水のタッパーに細かくパッキングしてあるのだ!
 素晴らしい!我ながらカンペキ!と、思った次の瞬間、その全てを愛車、T-4ウェスティーの中に置いてきてしまったことに気付いたボク。いやはや、物忘れもとい、忘れ物(この場合両方である)が激しいボクであった。
 聞く話によると先祖代々我が家系はそうだったようで、うちの父も極めて物忘れ&忘れ物が激しいのである。そういうDNAを受け継いで、なにしろいろいろと忘れちゃうボク。だからして、T-4ウェスティーのキーは、決まっていつもアニキが管理している。移動の歳、騒ぎになるからである。
 そんなわけで構想だけが先走りした、渓流エクストリームスケッチであったが、案ずるなかれ。そろそろ嬉しいお弁当の時間である。食後にでも魂にリキを入れて、描き倒してやろう!
 さて、食いしん坊のボクはいつ何時であれ、ご飯の時間が嬉しいのだ。アニキはいつも、
「あは、あは、あは~!うぬちゃん買いすぎでねぇの?そったら食ったら、カエルみたいな腹になっちゃうよ~!あは、あは、あは~!」
と笑うのであるが、珍しいお総菜や、あまたの食材が並んだ陸奥の趣ある商店は、ボクにとっては武陵桃源(ぶりょうとうげん)たる別天地、美しき桃の花が咲き乱れる理想郷なのである。
 艶めかしい色に染められた山菜のおこわ。山吹色のカボチャの煮付けに蕗と鱒の煮物。甘い香りの大きな梨。朝採れたばかりの眩いトマト。黄色く色付いたトウモロコシは、焼いて醤油を掛けて食べるのだ。
 愛車、T-4ウェスティーは小型キャンピングカーのベンチマークたる存在で、その走りはキャンパーとしては特筆。さらに煮炊きにシャワー、そして快適な睡眠を提供してくれる実に頼れる存在で、あちこち走りすぎて、現在25万キロを超えてしまったのであるが、まだまだ足腰元気で、実に頼れる奴なのだ。
 T-4ウェスティーの右サイド、スライドドアの上にマウントされたフィアマ社のタープを展開し、コールマンの折りたたみテーブルと使い古しのガダバウトチエア初期型を並べれば、花鳥風月(かちょうふうげつ)をダイレクトに感じながら腹を満たせる、快適で贅沢な即席ダイニングルームの出来上がりである。
 余談であるが、ガダバウトチエア初期型は、脚部に新型のようなフラットな部分がないので、地面が柔らかいとズモッ!と潜ってしまい、時として後転しかねないので要注意である。しかし、地質によっては、このズモッ!を利用して絶妙なアングルをホールドできるのである。
 アウトドアではディレクターチェア型が主流となった昨今であるが、ボクはこの間抜けでいい加減なガダバウトチエア初期型が愛しくてたまらないのである。既に焚き火の飛び火で穴が開き、見るも無惨な状態であるが、畳むのは至極簡単!そして畳むとすこぶる細身なので、T-4ウェスティーのリアシート下のトランクに、4脚ぴったり収納できるのである。
 かようなガダバウトチエア初期型にデン!と腰を下ろし、ボクとアニキはひたすら飯を食らうのであった。なにしろ、朝の4時からなにも食べていないのである。
 百花繚乱、満艦飾の折りたたみテーブルの上はあれよあれよという間に片付けられ、ボクらの胃袋の中に収まっていった。素晴らしき陸奥の食材は、その芳醇さゆえ、胃により多くの血液を要求するようで、至極瞼が重くなってしまったので、アニキとボクはちょいと昼寝!と、午後のシエスタを決め込む……。
  簡易ダイニングキッチンの周りは緑萌える野芝が敷き詰められ、そしてボクらに優しく木陰を提供してくれるクヌギやコナラの老木が、絶妙な感覚で配置されていた。ここは人の手によって精魂込めて育てられた、素晴らしき野山の里なのである……。
 クヌギを背もたれに、野芝のソファーに腰を下ろして目を閉じると、吸い込まれるように眠ってしまった……。どのくらいの時間が経ったのだろうか?ふと目が覚めると、虚ろに映る午後の木漏れ日の中で、
「ピョーピョピョピョ……、ピョー……」
と、鳥のさえずりが聞こえ、クヌギの雑木林を見ると、色鮮やかなモズが枝から枝へと渡り、最後にピョン!と愛車、T-4ウェスティーの上に飛び乗った。
 カリビアングリーンの車体色が、この山里の風景に絶妙にマッチしているではないか……。
 モズはゆっくりと歩んで、パタパタと羽ばたき、緑の天幕を背景に、森の中へ消えていった……。
 その景色は、まるで夢の中の出来事のようにスローに流れ、草萌ゆる匂いと共に、目覚めのボクを幻想的な世界へといざなうのであった。不思議な心地よさと美しさに、ボクは酔いしれた。
 山紫水明(さんしすいめい)とはまさにこのことである。
 ボクはホルベインのクレスタースケッチブックと、ちびたステッドラーのルモグラフ製図用高級鉛筆をタッパーから取り出し、漠然とその景色を描き始めた……。
 そこに理由など無かったし、前記したように魂にリキを入れて、描き倒すことも必要ではなかった。ただただ漠然と木訥に、この不思議な世界を描きとめておきたい気持ちに駆られたのである。
 左手は流れるように進み、白いクレスター水彩用紙にはステッドラーのルモグラフが走った跡が重なっていく。ぐっすり睡眠中だった陸奥のアニキが夢から覚める頃には、スケッチブックの中に、その不思議な世界がクロッキーされていた……。
 ふと、ここに居眠りするアニキも描けばよかったと思ったのであるが、その出来過ぎともいえる傑作モチーフは、次回用にココロの中にストックしておこう。ボクは静かにスケッチブックを閉じて、午後の木漏れ日の中、至極満たされた気持ちに浸るのであった。
 アニキが目を擦りながらムックリと起き上がったので、二人で目覚めの珈琲をすすり、ウェーダーを胸まで上げてベルトのバックルを締め、いざ第2ラウンドへ……!
 午後の流れは朝と変わらず少し冷たかったが、ほどよく暖かな気温と相まって、とても心地よかった。温い風が吹き、川岸のススキの穂がザワザワとざわめき、その風に乗って再びモズの鳴き声が、
「ピョーピョピョピョ……、ピョー……」
と聞こえてきた。
 陸奥の秋は、もうすぐである……。















色取月ゆるゆる陸奥紀行 其の四 「完結」 
2009年9月某日
岩手の川×うぬまいちろう、伊藤秀輝
文=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 陸奥のアニキこと伊藤さん曰く、
「山神様の祟りでねぇのぉ……」
と、声を震わせた、予期せぬパンク&バルブ劣化事件も事態収拾。ボクらは気を取り直して次なる流れに至る……。
 ゴロゴロとした岩を遡り、徹頭徹尾(てっとうてつび)一投入魂で至極丁寧に探るも、ここでもボクらを待っていたのは、奇特な御仁達が残していった、あまたの足跡であった。
「よし! んだば次行ってみるっちゃ~!」
 こういうとき、アニキのアッパーで前向きな性格が、大いなる原動力となるのだ。気を取り直して次の流れ、そして更に次の流れへと、ボクらの巡礼は続いたが、行く先々でベタベタと足跡の洗礼が……!
 シーズンオフを目前に、ラストに良い釣りをしたい気持ちは皆同じである。それにしても、このフェルトソールが残していったカオスは、いと凄まじきものである。
「ろ、6年目の陸奥、恐るべしぃ~!」
 4本目の流れに至った頃には、さすがに少し足が重く感じられたボクであったが、アニキはというと、身軽に藪こぎして斜面を下り、
「あはあはあはぁ~! ここ、こっちだやぁ~」
と、嬉しそうに手招きするのである。
 さすがは百尺竿頭一歩を進む(ひゃくしゃくかんとういっぽをすすむ)スパルタ釣り集団の首領様……。いったいなにを食えばこんなにタフで身軽になれるのかと尋ねたら、
「んん~、秋は山栗とかキノコだやなぁ~!」
と、漠然とした真面目な回答が返ってきた。
「山栗は早く拾わないと、リスが持ってっちゃうんだなや~! リスも美味しいもの知ってるんだなやぁ~、あはあはあはぁ~!」
 なるほど、リスちゃんもグルメなのか~、と感心しながら、栗を取るリスというコトバが、脈絡無くココロのヒダに引っかかったボク。
「栗取りリス……」
ああっ! イケナイ! こんな話、ここではやめておこう……!
 さて、気分新たに四度目の正直! と望んだ流れは、トロリとした甘きお水が、やや斜度の低い里を縫って流れる女性的な景観の川であった……。
 午後の木漏れ日はきらきらと輝き、モアレ状に渦を巻いて、緩やかな流れに鮮やかな模様を描き出す……。
 相変わらず川岸にはフェルトソールの跡がビッシリと残っていたが、ココロは決めていた。いまさら野暮な心配をしても仕方ない。
「心頭滅却、色即是空、レット・イット・ビー、ケ・セラ・セラ……」
 魂を静め、素晴らしき眺望にしばし息をのみ、少し冷たい山の空気を、ゆっくりと胸一杯に吸い込む。
「うぬまさん、そこ、そこだっちゃ……、その流れがぶつかってるところ……」
 アニキが約束の場所を指さして、小声でささやく。二人しかいないのにアニキが思わず小声になってしまうのは、凛々しき川狩人の血が母なる川の流れのように、熱きカラダに脈打っているからである。
 ボクはうんうんと頷き、風下から腰を低くして静かに獲物に近づく狩人のように、そっと息を潜めて、その約束の場所に蝦夷を投入した。
 蝦夷はピュン!と飛んでポチャリ!と着水。小さな波紋が一瞬甘き水の上に広がり、すぐに流れに消されたが、その着水地点は、残念ながら、お約束の場所であるメインストリームから、少し外れた反転流の中であった。
「ほげっ! ちゃ、着水失敗!」
 それでも大事にと、クィ!クィ!とトゥイッチを数回かませながら、蝦夷にイレギュラーな動きを与え、命を吹き込む……。
 すると4回目のクィ!で電光石火の如くブリリッ!となり、果たしてそれはやってきたのである……。
「う!」
「あ!」
「出た……!」
「やった……!」
 小さなキャストミスが運んでくれた、大いなる幸運……!
 シーズン終了間際の、スレッカラシの流れを行脚しての、午後の快挙であった。
「やったぁ! やったなやぁ! 決まったよぉ! あはあはあはぁ~!」
 アニキがメッチャ嬉しそうに笑う。
 これ以上笑うと、たぶん顔の皮が張り過ぎて切れてしまうに違いない。それは本当に最高の素晴らしき笑顔であった。
 なんだかその顔と笑い声がとても面白くて、
「うははははぁ~! ははははひひひ~!」
と、ボクも釣られて笑ってしまった。流れの潺(せせらぎ)をかき消すその笑い声は、深き谷に木霊して、やがて蒼き山々の霧の彼方に吸い込まれていった……。
 さて、ネットの中のヤマメちゃんは、河原の喧噪など何処吹く風である。
 色取月の由来の如く、ギットリとビビッドに色付き、磨かれた琥珀のようにヌラリと煌めいて鮮やかに輝き、のぞき込むボクらを妖艶にいざなうのである……。
 それは尺を超えるようなおサカナではなかったが、ボクにとっては尺上を超えた、大きな喜びと幸せをもたらしてくれた、美しき良きおサカナであった。
「6年越しの夢、里川のヒラキにて成就セリ……!」
 色取月のお日様が少し傾いて木漏れ日は薄く朱に色づき、その甘き水の流れは、金色に染まり始めていた。
 良き釣りと良き旅を……。
 ラヴアンドピース!


伊藤のコメント
「なかなかタイミングが合わなくて、会って一緒に釣りをしたのは6年振りのことだけど、その歳月をまったく感じなかった。一瞬で当時に戻れて、本当に楽しい時間を過ごせたよ。
ヤマメのイラストもすごくカッコよくて、感動しました。気合を入れて描いてくれてありがとう。 宝物にします。またこっちに遊びに来るのを楽しみに待ってます」









色取月ゆるゆる陸奥紀行 其の三「怒れる山神の祟りか? 無情のバーストに号泣ス!」
2009年9月某日
岩手の川×うぬまいちろう、伊藤秀輝
文=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



「パン!」
「プシュゥ~!」
「ウニャウニャウニャ~!」
 神の森の怒りに触れたのか! 船のように傾き、異常な走行抵抗で車速がほぼゼロになってしまったT-4ウェスティー。なんと左前タイヤが路肩の尖った石に擦られ、バーストしてしまったのである……!
 前回のコラムで走破性うんぬんと書いたが、肝心のタイヤが切れてしまえば、ハイ、それまでよ!なのである。
 T-4ウェスティーに履いていたタイヤは、乗り心地優先のコンフォートな仕様である。プライ数の多いオフロード用のそれとは違って、タイヤサイドは皮一枚のめちゃ薄仕様で、尋常でない摩擦や衝撃は想定外なのだ。
 同じゴム製品の中には、極限まで薄く仕上げることをモチベーションとした、『明るい家庭の生産プラン』をスローガンとする素晴らしき製品もあるが、ことタイヤに関していえば、薄けりゃいいというものでもない。
「ありゃりゃ~! またやっちゃった~!」
と、とりあえず零すボク。
 『また』というのは、当然、前例がいろいろあるからのことで、このT-4ウェスティー号、齢(よわい)14年選手にして、走行距離23万キロに迫るご老体で、トルコンスリップ、ドライブシャフトのボルト折れ、クーラントパイプ破裂、マフラー脱落……、などなど、あまたのトラブルを出先にて誘発。そのたびにそれを乗り越えてきた、いにしえの車両なのなのである。
「ありゃりゃりゃ~、いやいやいや~、うぬちゃん、大丈夫かい?もっとゆっくり行けばよかったねぇ~」
 とりあえずジャッキアップのため、なんとか舗装路に移動したのち、急ぎ駆けつけてくれたアニキが汗をかきかき、スペアタイヤの交換を手伝ってくれた。
 アニキはボク以上に気を遣ってくれている様子であったが、このクルマ、水と寝床と暖房には事欠かないキャンピング仕様だし、異国の砂漠地帯と違って、狭い日本、とりあえず止まってしまっても命が取られることはない。
 そんなこんなで、ピンチの時こそ果報は寝て待て……、と開き直ることが実はココロに良きことで、結果、良策への近道となるのである……。
 しかしながら、今回は次の釣り場に急がねばならないので、ふたりで汗を拭きながらタイヤ交換成就!
「バンザイ~!」
と、喜んだのもつかの間、なんと、せっかく交換したスペアタイヤは、みるみるうちにしぼんでしまい、T-4ウェスティーは再び浅瀬に座礁した船のように傾き始めたのである。
「う、うぬちゃん、山神様の天罰でねぇの?普段の行いがやばかったんでねぇのぉ……???」
 アニキの心配は無理もない。一難去ってまた一難とはこのことである。なんとこのスペアタイヤ、あまりにも放置が長かったせいで、バルブのゴムが劣化して亀裂が生じており、そこに車重で急に圧力がかかったせいで、空気がシューシュー漏れ始めたのである。
 で、当たり前の英断で、とりあえずスタンドを探すこととなったのだが、なにしろ空気がほとんど抜けてしまったうえに、更に車重が乾燥重量で2.3トンを超えるT-4ウェスティーだからして、移動では至極ゆっくりと進むしかない。虫ちゃんが這うほどのスピード、超スローの牛歩である。
「こっ、このままでは日が暮れてしまう!というか、野犬かイノシシかツキノワにでも、食われちゃったらどうしよう……!」
山中で行く手を案じるボクらであったが、なんのこっちゃない、タイヤ交換地点から少し行くと、すぐにガソリンスタンドの看板が見えた。その距離およそ300メートル!
「天の救いです。こういうときこそ、普段の行いがものをいうのです……。一日一善。山の神様と、お父さんお母さんを大切に。六根清浄(ろっこんしょうじょう)!」
 先ほどの不名誉な指摘を撤回すべく、脈絡無くアニキに凄んだボクであったが、
「ん~、したっけ、そもそもパンクしたのが、うぬちゃんの普段の行いのせいじゃないの? あはあはあはぁ~!」
と、一笑されてしまった。悔しいけどまぁいいか……。
「軽トラ道走ったらやられましたぁ……」
 スタンドでこのようになってしまったいきさつを話したら、
「あはあはあはぁ~!」
と、今度は店員さんに思いっきり笑われた。というか大ウケした。そもそも道の轍がトレッド幅の限界を超えていたのだから仕方ない。悔しいけどまぁいいか……。
「名誉の負傷です。百尺竿頭一歩を進む(ひゃくしゃくかんとういっぽをすすむ)スパルタ釣り集団のアニキとその仲間としては、このくらいの犠牲はやむを得ないのであります……!」
 ボクは山釣りのちょっとした厳しさを説いたつもりであったが、店員さんは、
「うはぁ~! すげぇ~! あはあはあはぁ~!」
と、無造作に積まれ、裂けたタイヤを見て大喜びで、釣りの話には全く興味がない様子であった……。

(おサカナ無しのまま、またしても次回に続く……、許せ!&三度目の正直で次に好ご期待!)

 良き釣りと良き旅を……。
 ラヴアンドピース!









色取月ゆるゆる陸奥紀行 其の二 「天の声を訊き、深山の流れへ……!」 
2009年9月某日
岩手の川×うぬまいちろう、伊藤秀輝
文=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 大都市は大なる孤独の地である……。
 かように唱えた哲学者がいたが、正しくボクは大なる孤独の地で、陸奥の甘き水の流れに、ひたすら思いを馳せていたのである。
 そんなボクがかろうじて乾ききらずにいられたのは、陸奥のアニキこと、伊藤さんが絶え間なく熱きラブコールを送ってくれていたからだ。
 ボクは携帯からの熱きラブコールを聞くたびに、覚醒して興奮し、幾度となく暗き部屋の片隅で仰け反るのである。希望と絶望は表裏一体なのだ。
 果たして何十回、何百回と仰け反ったであろうか。いつものように、
「嗚呼~!」
と叫んでもんどりうつと、ココロの中で誰かの声がしたのである。
「行ってくればぁ……」
「おお! 夢か幻か……、か、神の声がぁ!」
 声の主はよく見ると、神は神でもカミサンであった……。
 山海塾の暗黒舞踊か、はたまたギリヤーク尼崎大先生の念仏じょんがらのように、ボクがあまりにもゴロゴロと仰け反るので、これ以上の乱心は困るということで、見るに見かねて許可が下りたのである。
 よく子供が、オモチャ売り場でゴロゴロしてだだをこねるが、齢(よわい)45にして、あれは効果的なんだなと悟った瞬間であった。
 かくして南船北馬の旅に出ようと思い立ったボクである。陸奥のアニキとの最強コンビ? は、ついに再起動の時を迎えたのである。
 迸る青春の日の思い、胸をざわざわとさせながら、十年一剣(じゅうねんいっけん)を磨く熱き思いの再開は、朝の6時にナナナン川のカカカン橋にて、いよいよ成就されたのである。
「いやいや~、よく来たねぇ、待ってたよぉ~!」
 陸奥の偉大なるアニキはいつ見てもアッパーで鯔背(いなせ)である。
 全身を振るわせて微笑み、相も変わらず素晴らしきオーラを発散しているアニキとしっかりと堅き握手を交わすと、手と手を介し、金枝玉葉(きんしぎょくよう)の熱きハートからコトバにはならない暖かなものが伝わり、ボクは目頭が熱くなるのである。(いっておくが、ボクには特別な趣味はございません……)
 ボクらは6年の歳月がまるでなにもなかったかのように、6年前と同じように朝の脆弱な光が漏れる緑の天幕をくぐり、少し冷たくなった流れに身を任せ、各々ビュン!とキャストを敢行。
「嗚呼……、やっぱりいいっすぅ~♪ むふむふ~♪」
 ただ水に浸かり、キャストを繰り返すだけで、脈絡無く幸せが溢れてくる。思わず笑みがこぼれてしまうボク。
 これが陸奥の甘き流れのマジックなのである。山の木々が育んだ豊かなる水に浸かると、誰でもココロの奥にあるスイッチが起動してこうなるのだ。
「アハアハアハァ~!」
 隣ではアニキが高らかに笑っている。アニキは水に浸かりながらいつもこうやって、決まって高らかに笑うのである。この、
「アハアハアハァ~!」
も、6年前とまったく同じでなにも変わっていない。
 変わってしまったものがあるとしたら、ボクの髪の毛に白いものが目立ってきたことくらいかな……?なんて思ってたら、
「この6年で、川も随分と変わったよぉ~。どこもかしこもヒトがいっぱいになって、ゆるくないねぇ~」
と、アニキがこぼす……。
 う~ん、そうであったか……。いわれてみると川岸のサンドバーはヒトの足跡だらけである。そろそろ漁期も終わりということで、酔狂な御仁達の置きみやげの数は、尋常ではないのだ。というわけで、蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)の河原を後に、ボクらは別の流れへ移動することと相成った。
 さて、前を行くのは、3.0L V6ガソリンエンジンを搭載したアニキの愛車である。大柄なボディーであるが、フロント、リアのオーバーハングが極端に短いため、なかなかあなどれない走破性を持っており、山猫の如くしなやかにボディーを振るわせて、細き軽トラ道をしなやかに進んでいく……。
 一方ボクのT-4ウェスティーも負けてはいないのだ。FFなのでもちろん走破性はヨンクに及ばないが、リアのサス・ストロークは下手なヨンクより長く、高いドアシルの位置もあって、トラクションが伝わらない泥や細かな質の砂を除き、意外な走破性能を見せてくれるので、釣りの足としてもなかなか重宝するのだ。
 オーストラリアの熱帯雨林でも、モンゴルの辺境でも、何故かこのクルマをよく見かけた。ワゴンからトラック、そして兵員輸送車と、ボディーの仕様も多く、その汎用性の広さは、まさに偉大なる下駄といったところである。世界中何処へ行っても見かけるのは、この独逸国のT-4と、我が国が誇るトヨタのランクル70(ナナマル)だけなのである。
 なんて我が愛車を溺愛し、自画自賛しているボクなのだが、その異常な愛情と驕り高ぶる気持ちが油断を招いたのか、
「パン!」
という激しい音とともに、間髪を入れず、
「シュゥウウウウウウウウウ~!」
となって、そして座礁した船のように傾いて停止してしまったのである……!

(ぴっ、ピンチ!っつ〜わけで、またしてもITO.CRAFTのコラム初、おサカナの写真無しのまま次回に続く……、再び許せ!&好ご期待!)

 良き釣りと良き旅を……。
 ラヴアンドピース!










色取月ゆるゆる陸奥紀行 其の一 「約束の川へ……!」 
2009年9月某日
岩手の川×うぬまいちろう、伊藤秀輝
文とイラスト=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
reel:Luvias 2000/DAIWA
line:Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
lure:Emishi 50S & 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT



 九月……。
 古く陰暦では色取月(いろどりづき)と呼ばれたのがこの月である。
 文字通り、木の葉に色が付く頃……、という意味を現すこの言葉であるが、川釣り酔狂の御仁には、ヤマメちゃんやイワナちゃんが鮮やかな婚姻色に彩られる頃……、といったほうが話が早くピン!と来るに違いない。
 ちなみに色気付くというコトバがあるが、ことおサカナちゃんに限っては、実にうまいはまり文句であるなと、感心することしきりである。
 ビビッドに染まった秋の渓流魚は、
「ビンビンっす!お盛んですよぉ?!」
という状態の証であり、色気付くというコトバの意味を察すると、誠にさもありなんである。
「ニンゲン様も婚姻色に染まったら解りやすいのに……」
 なんてことを考えるとムフフとなるのであるが、そんなことを考えてはいけないのだ。襟を正して凛と生きねば……。
 そんな話題豊富な色取月であるが、今期はなにかおかしい。今年の秋の訪れはその足が遅く、おサカナちゃんは果たして色気付いているのかしら?と心配になるのである。
 梅雨明けの発表もなく、夏らしい夏もなかった陸奥であるが、川崎の築二十余年を数える傾き借家から、遠く約束の地へと急ぐ愛車、フォルクスワーゲンT-4ウェスティーの窓から眺める奥羽山脈の山々は、まだ青々として連なり夏の装いのままで、山の緑のようなT-4のボディーカラー、カリビアングリーンに反射するお天道様のギラギラとした輝きも至って力強く、秋の少し控えめなそれではなかった……。
 それにしても陸奥への路は遠く、レッド・ツェッペリン、アート・ブレイキー&ジャズメセンジャーズ、ジェフ・ベック、セルジオメンデス、ライ・クーダー、ジャック・ウィルキンス、そしてキヨこと尾崎紀世彦大先生……と、著名なるアーティスト達が、その素晴らしき奏法で各々の名曲を奏でるのであるが、果たしてヘビーローテーションを経て、CDチェンジャーはここに至るまで、カチャカチャとせわしくも何周したことであろうか……。
 特筆すべきはその配列である。ノン・ジャンル、ノールールーのバーリートゥドゥ的にチェンジャーに詰め込まれた彼らの、めくるめく饗宴は、実は至極オツムによろしいのである。
「こ、これ全部うぬまさんが聞くのですか?」
と、その脈絡無い選曲で同乗者に首を傾げられること度々の、ボクの奇特なドライブナンバーのチョイスだが、ヘビーロックにジャズ、ボッサに昭和歌謡と、あまりにもデタラメで突飛なる音の組み合わせは、常に奇天烈でお脳にチクチクと刺激を与えるがゆえに、ほどよく眠れなくなるのだ。これってロングドライブでは命を守る大切な配列なのである……。
 さて、かようなBGMに包まれ、T-4ウェスティーにて『約束の川』へと急ぐボク。
「したっけはぁ、朝の6時にナナナン川のカカカン橋のところでねぇ?!」
 なんて、陸奥のアニキこと伊藤さんと堅い約束をしたからには、四面楚歌の夜討ち朝駆けでも駆けつけなければならない……。アニキとの約束は、山の岩よりも硬く、川の流れのように清らかで、大海よりも深いのだ……。
 ちなみにアニキとの釣りはずいぶんと久しぶりで、かれこれ6年越しとなる一大イベントなのである。
 遡ること14年前の奇しくも色取月。
 猿ヶ石川のほとりで、ひょんなことからアニキに声をかけていただいたのが、この素晴らしき縁の始まりである……。
 それ以来年に二回、春と秋には必ず陸奥を訪れ、岩手、秋田の流れを二人で行脚し、共に泣き笑いしながら、大いなるフィッシングトリップの世界で、アニキと気を吐いて来たボクである。
 その素晴らしき思い出は華胥の夢(かしょのゆめ)の如く、ボクの魂の歯車を回す永久機関の動力となり、社会の荒波に翻弄されて凹んだときには、母なる流れの甘き水のように、渇いた心をたっぷりと潤わせてくれるのである。
 しかしながらこの世知辛い世の中、ボクは、種々雑多な事情から、かつてのように放蕩を繰り返すことができなくなり、木漏れ日に煌めく陸奥の流れに思いを馳せ、哀しいかな悶々と、渇きの日々を過ごしていた次第である……。

(ITO.CRAFTのコラム初、ナントおサカナの写真掲載無しのまま、第二部に続く……、許せ!&好ご期待!)

 良き釣りと良き旅を……。
 ラヴアンドピース!








specer
CATEGORY
FIELD STAFF
OTHERS