「3投目の答え」 内藤努 |
2010年7月27日、岩手県 写真と文=佐藤英喜
TACKLE DATA rod:Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT reel:Cardinal 3/ABU line:Cover Breaker 4Lb/VARIVAS lure:Emishi 50S & Emishi 50S 1st Type-Ⅱ/ITO.CRAFT
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1. 「水の透明度が高くて、平瀬からブッツケの淵までポイントも変化に富んでいて、こういう川でヤマメを釣るのがイチバン楽しいですよね」 休日を利用して岩手に来ていた内藤努さんはそんなことを言いながら、朝もやの渓流をテンポ良く釣り上がって行く。その後ろを、案内役の伊藤秀輝が歩いている。 ミノーをキャストする内藤さんの背中は明らかに緊張していた。 「後ろから全部見透かされているみたいで(笑)」 埼玉の釣り人である内藤さんは、ホームリバーを持たず超精力的にあちこちの釣り場を駆け回る行動力のかたまりのような人で、岩手の渓流にも毎年足を運んでいる。その爽やかな笑顔の向こうには、トラウトに賭ける情熱が轟々と溢れているのだ。ふたりがこうして一緒に川を歩くのは二度目のことで、前回の釣行からは3年近くが過ぎている。 楽しさ半分、緊張半分で投げ入れられたミノーに、ヒュッと反応するヤマメの影が見えた。食っていない。すかさずキャストを続けるもヤマメはダンマリを決め込んだ。はからずもこの日は、増水した川がちょうど平水へと戻っていくタイミング。しかし、降り積もったプレッシャーが魚の反応をシビアにしている。内藤さんはそんな魚を見て、困惑の表情を浮かべた。 「とにかくスレてますよね。伊藤さんってこんなとこで釣りしてるの?って、正直びっくりしました。奥の奥にルアーを入れないとヤマメは出てきてくれないし、チェイスがあってもすぐにUターンしてそれっきりということが多かったです。それと、ここはいるでしょうっていう深い場所は沈黙して、瀬の脇のちょっとした弛みとか、倒木の陰とか、そういう小場所にイワナみたいに隠れてるヤマメが多かったのも印象的でした。しかも1投では出てこない。川の状況にもよるでしょうけど自分の経験してる範囲内で率直な感想を言えば、北関東、南東北、それから甲信越。そっちの方がまだ釣れる気がしますね。7、8年前に岩手に来た時は、もっとイージーに26~27cm位のヤマメがポンポン釣れたんですけど、最近は事情が変わってるんだなと肌で感じました」 内藤さんがボサ際の小さな弛みで、8寸ほどの綺麗なヤマメを掛けた。色艶のいいヤマメに俄然テンションが上がった。記念撮影を済ませてヤマメを流れに帰す。 顔を上げると、入れ替わるようにして上流の淵を攻めていた伊藤がロッドを跳ね上げ、バシャッと水飛沫が上がった。体側のオレンジが鮮やかなヤマメだった。 「綺麗だなぁ。何がどうなってこんな色になるんですかねぇ」 内藤さんは、伊藤のヤマメにじっと見入っていた。ヤマメが心底好きなのだ。
2. さて、約3年振りに伊藤の釣りを見た内藤さんは何を感じたのだろう。 3年前、伊藤は、ルアーの飛距離を伸ばして、立ち位置をもっとポイントから遠ざけた方がいいと内藤さんに言った。そして内藤さんは、日々の釣行でキャスティング技術を熱心に磨いた。より遠くから、より正確にピンスポットを射抜くキャストを身に付けようと努力した。 この日も内藤さんは、ポイントからなるべく距離を置き、オーバーハングの奥や対岸のボサ際へ丁寧にルアーを落としながらヤマメを釣っていった。 「でも、それだけじゃないんですよね。今回伊藤さんの釣りを観察して改めて気付いたんですけど、伊藤さんはキャストモーションがすごくコンパクトで、ほとんど手首しか動いてない。だから、どんなに狭い空間でもミノーを飛ばせるし、魚にも気配を悟られないんだなと。完全に理に適ったキャストだと思ったし、それに較べると自分は、まだモーションに無駄があるなと」
しかし、キャストの鍛練はまだ分かりやすくていい。成功も失敗も、そして上達も、キャストは目に見えて分かる。けれどその先、魚を誘って口を使わせる部分に関しては、なかなかそうはいかない。釣り損ねた魚に対して、自分の釣りの何が悪かったのか、どんな釣りをすれば良かったのか、その結果に至る原因を僕らはいつだって想像するしかないのだ。 そこが難しいんですよねえ、と溜め息をもらす内藤さんにとって、スレた魚を誘い、口を使わせる技術を間近に見ることは、最高に刺激的な体験だったに違いない。 こんな場面があった。 とある淵で、内藤さんのキャストしたミノーにまずまずのヤマメが反応を示した。食いそうな感じだ。ルアーは蝦夷50S 1stタイプⅡ。割と好戦的なしっかりとした追いを見せたヤマメは、ミノーをかじることなく元の着き場に戻っていった。 その後ヤマメは何度かミノーに反応したものの、明らかに何かを疑い始めた様子で、最初の勢いはない。次第に状況は難しくなっていき、反応が消えてからも6投ほどやってみたが、うんともすんとも言わなくなった。淵のヤマメは、完全に沈黙してしまったのである。 「最初の4回位はミノーに反応したんですけど、反応が続いているから自分の誘いが合ってると思ったんですよね。でも、それが違った」 すぐ隣で一部始終を見ていた伊藤は、3投で釣れる、と言った。確かにそう言って、ミノーをキャストした。すっかり沈んでしまった魚のテンションを再び上げるには、3投は必要だと踏んだ。言い換えれば、3投あればそのヤマメに口を使わせることができると読んだのだった。 ルアーは同じく、1stタイプⅡ。ヤマメの鼻っ面を探すために3投とも微妙に着水点は変えたが、何より大きく違ったのは、やはり誘いだ。 内藤さんの目には、伊藤の誘いが自分のそれよりずっとスローに見えた。自分はルアーを見切られるのが怖くて、ここまでスピードを落として誘いをかけることはできないと思った。 ひと口に「スロー」と言っても、ポイントの流れや魚のその日の気分によって誘いは変わるわけで、そうしたもろもろの状況を感じ取っての「スロー」ではあるが、確かに伊藤はルアーを派手にアピールさせるだけでなく、スレた魚を相手とする場合は特に、それをゆっくりと魚に見せている。できるだけリーリングを緩め、その微かな抵抗の中で竿先をトゥイッチしミノーに数多くのヒラを打たせる。その流れの中に、誘いから口を使わせるまでのこまやかなシステムが組み込まれている。 「まずは、リップの受ける微妙な圧を正確に感じ取ることが大前提になるし、そこにカーディナルを使う意味があるんだ。1cmも余分なラインスラックを出さずに、1cmも余分なトゥイッチをしないこと。大袈裟な話でも何でもなくて、過不足ないリーリングとトゥイッチができて初めて、いろんな誘いのバリエーションが生まれるんだよ。今日みたいにスレが残ってるような日は、いかに誘って食わせるか。それ次第で釣果はぜんぜん違ってくるね」 こういう日はきっと皆さんも経験があると思う。トレースするミノーに対し、ギラン、ギランと魚は反応するものの、食うには至らない。あと数cmが縮まらない、何とももどかしい状況。そんな時にこそ、誘って食わせる技術が大きな差となって釣果に表れる。シビアな条件下でも魚を釣るための技術が確かにあり、その技を生かすために道具の性能があることを、伊藤の釣りが物語っていた。 予告通りの3投目、いったんは沈んだはずのヤマメの興奮が再び高まり、それが沸点に達した瞬間、ギラギラとヒラを打つ伊藤のミノーにヤマメはたまらず口を使ったのだった。 内藤さんにとっては忘れられない一尾になった。 「あっ!と思いましたね。同じルアーを使って同じレンジを狙ったのに、ここまで魚の反応が違うのかと。自分は今まで、足で稼いでスレていない魚を釣ってきた感じがします。でも、こういう難しい川で釣れるようになりたい。今はその思いが強いですね」
3. 最後に、今回内藤さんと一緒に川を歩いて伊藤が感じたことも聞いてみた。 「3年前はたぶん今回以上の緊張もあって、釣りが全体的にちょっとギクシャクしてるように感じたんだけど、あの時とはまったく違ったよ。もちろんキャスティング技術も上達していたし、何より、釣りの流れ全体が安心して見ていられるようになった。久し振りに進化してる釣り人を見たね。今は魚のサイズだけに目が行って、釣り場の情報を集めることばっかりに専念している人が多いんじゃないかな。自分の中に向上させる部分、磨ける部分がたくさんあるはずなのに、それをどこかに置いてしまって、何cmの魚を釣ったとか、すぐそういう話になる。自分のポテンシャルを高めていけば、いずれ結果はついてくるものだよ。その過程がなくて結果だけが出ても、環境が良かったとか、タイミングが良かったとか、結局はそういうことに過ぎないわけでさ、例えば釣り歴20年っていっても、20年前からほとんど進歩していない人だっている。そんなことを考えるとね、今回一緒に釣りをしながら、内藤さんの日々の切磋琢磨する姿が目に浮かんできて、すごく嬉しかった。使うロッドに関しても、前回の釣行で『UL』の基本性能の高さを十分理解してもらって、それが今の初速の速いキャストとその安定性に繋がってるね。内藤さんならまた、きっとさらに進化した姿を見せてくれると思う。それを楽しみにしてるよ」 この釣りは本当に奥が深い。知れば知るほど先がある。だからこそ面白いのだと思う。
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「すれヤマメ」 内藤努 |
2007年8月25・26日、岩手県 写真=山村佳人 文=丹律章
タックルデータ ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510ULX リール:アブ/カーディナル3 ライン:バリバス/バスプライド4ポンド ルアー:イトウクラフト/蝦夷50S、蝦夷50Sタイプ2
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内藤努さんは、トラウトのルアーしか釣りをしない。 「埼玉で育ったので、近くでルアーで釣れるものといえばやはりバス。だからバス釣りからルアーを覚えたんですが、高校生ぐらいのころから、親の実家である秋田に帰省するたびに、トラウトの釣りをするようになったんです。親の実家は秋田県の増田町というところで、家のすぐ前に成瀬川が流れてまして、自転車で上流に行けばヤマメが釣れましたから。そのあと、免許を取っていろいろ動けるようになってから本格的にトラウトをやり始めて、それからは釣りに関していえばトラウトのルアーだけですね」 それまで勤めていた上州屋を辞し、釣りの旅の後で次の仕事を考えようと思っているとき、トラウトに力を入れ始めた埼玉のプロショップオオツカから声が掛かり、現在は店のトラウト部門のトップを任されている。 「家が埼玉なので、トラウトのフィールドは遠いですね。でも休日には、日帰りで新潟や長野、福島や山形、宮城へも釣行してますよ」 伊藤秀輝とはメーカーと小売店という関係だが、内藤さんの先輩釣り師にあたる塩野さんという方がもともと伊藤と交流のある人で、以前から伊藤の釣りに関しては聞いていたという。 「3年ほど前までは他社のロッドを使っていたんですが、山形の最上小国川でサクラマス釣りをしていてメインのロッドを折ってしまったことがあったんです。それが5月31日で、翌日の秋田の解禁に使えなくなってしまった。スペアに持っていたのがエキスパートカスタムの8フィート6インチで、子吉川には長すぎるとは思ったんですがそれを使ってみた。そしたらバットパワーが強くてとても使いやすかった。しかもその時の釣行でサクラマスも釣れたし。それ以来、ロッドはカスタムオンリーになりました」 現在では、渓流用のウルトラライトクラスだけでもエキスパートカスタムを数本持っている、ヘビーユーザーである。 8月の末、やっと猛暑が過ぎ去ろうとしていた岩手で、内藤さんと伊藤が一緒に釣りをすることになった。 「ひょんなことから岩手に来ないかっていう話を伊藤さんからいただいて、これを逃すとそんな機会は2度とないと思ったので、無理やり店を休んで駆けつけました。実に貴重な体験でしたね」 釣りは、岩手と秋田の間に横たわる奥羽山系。河川名でいえば、雫石、玉川、桧木内、米代などの水系を移動しながらの2日間となった。 「当たり前なんですけど、伊藤さんはキャストが正確ですね。ミスキャストがない。オーバーハングの奥に一発で入れることなんて当たり前。僕でも入ることはあるんですが、2m手前に落ちたり上のボサに引っ掛けたり、ミスが多いわけです。それをいつでも一発でいれられるんだからレベルが違いすぎます」 車で移動しながら、伊藤が「あそこ出るからやってみて」と川を指差したことがあったという。 「そしたら、伊藤さんが言ったとおりに出たんです。31か32くらいのヤマメでした。でも足元まで寄せてネットで掬おうとしたら、ネットが下げておいたナスカンに絡まってしまって、それを解こうとしている間にばれちゃったんです。情けなかったですね。何しているんだろうって。きちんと準備ができていなかった僕の責任ですから」 2日間の東北の釣りで、内藤さんは何をつかんだのだろうか。 「伊藤さんの釣りって、もっとランガンの釣りだと思っていたんです。もっと早くて、一箇所で粘らない釣り。でも、粘る時には粘らなければならないということが、身にしみて分りましたね。以前から、仕事の電話のついでに相談したことはあったんです。そのときに、もっと粘れっていわれたんですが、僕はその話が信じられなかった。すれて口を使わなくなったヤマメが、粘って釣れるわけがないと思っていたんです。でも、目の前で釣って見せられて、本当なんだ。粘るときは粘らなければダメなんだと思い知りました」 伊藤は、一投二投で釣りあがっていくのは、15年位前のスタイルで、前はそれでも釣れたけれど、今ではそれじゃ釣れない。すれて賢くなったヤマメに対応して、釣りのスタイルも変化させるべきだと説いた。 「トゥイッチングも違うんですよね。リズムだって言われたんですけど、僕のトゥイッチングはジャーキングみたいになってしまう。伊藤さんのトゥイッチングは、細かく動いて移動距離が少なくて、なかなか帰ってこないんですよ。僕なんかがそれをタイプ2で真似すると、沈んでいっちゃうんです。ゆっくりやると、ルアーの自重で沈んでいってしまう。あれをマスターしたいですね」 埼玉に戻ってきて、内藤さんは次の休みに釣りに出かけた。 「すれた魚に対して、粘って口を使わせるというのを試してみたんです。そしたら釣れましてね。もちろん自分はまだまだのレベルなんですけど、粘って釣れるというのが体験できた。これは僕にとってとても大きな出来事です」 すれた魚に対して、自分の釣りを合わせられるかどうか。ここ数年の渓流の釣果はこの部分が大きく左右する。 その糸口をつかんだ釣り人がいた。トラウトの釣りに見せられた釣り人が、ここにもいた。 FIN
ライターの付記 粘るべきところでは、1時間も2時間も粘る。あと2m奥へキャストする。誘って、食わせる。見て、食わせる。渓流の釣りなんて、僕にはできないことだらけです。でも、できないことがあるから進歩する喜びがあるんです、と、自分を慰めてみたりもします。 |
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