spacer
Media / Contacts
HOME RODS LURES LANDINGNET ACCESSORY FROM FIELD CRAFTSMANSHIP NEWS MOVIE
FROM FIELD TOP>■釣行記 I (#01~05)
PROFILE
いとうひでき。ITO.CRAFTがリリースするロッドやルアーは、アングラーとしての彼がフィードバックし、クラフトマンとしての彼がデザインして生まれる。サクラマスやギンケしたスーパーヤマメを狙う本流の釣りも大好きだが、根っこにあるのはやはり山岳渓流のヤマメ釣りだ。魚だけでなく、高山植物など山のこと全般に詳しい。野性の美しさを凝縮した在来種のトラウトと、それを育む東北の厳しい自然に魅せられている。1959年生まれ。

「横取りしたわけではないけれど」 伊藤秀輝 #05
2006年8月29日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC600ULX
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50S



 5月6月のヤマメは、比較的反応がいい。
 ルアーへの攻撃もアグレッシブで、腹のフックをがっぷり食うことがあるのも、この頃のヤマメの特徴だ。
 しかし季節が進むにつれて、そのアグレッシブぶりは影を潜めるようになる。水温が上がり、水位が下がる。春からルアーを見てきたヤマメは経験も積み、警戒心が強くなる。ルアーへもなかなか反応しなくなり、やる気なさそうにルアーを追ったり、たとえ攻撃してもおびえたようにルアーにほんの少し触る程度のコンタクトしかしなくなってくる。
 梅雨があけて、真夏を迎えた渓流というのはそんな時期だ。
 伊藤秀輝の釣り仲間であり、時折仕事の手伝いもしてくれる細川浩司さんがでかい魚をばらしたのも、そんな真夏のことだった。
「葛根田川に行ったんだけど、でかい魚をばらしたんですよ」
 彼はそういいながら伊藤の仕事場を訪れた。
 細川さんは、伊藤と20年来の付き合いがあり、イトウクラフトのスタッフなどを含めても最も付き合いが古い。伊藤にしてみれば友人というより家族に近い存在で、雑誌に登場する以前の伊藤を知っている数少ないひとりだ(伊藤の昔の釣りについて細川さんに聞く企画も進行中)。
「どれくらいあったんだ? 尺はあったか」
「尺はあった」
「32、33か?」
「うーん、それくらいはあったような気がする。マスみたいな銀色で……」
「マス? マスってことは、それなりのサイズだろ。40超えていたとか?」
「うーん、とにかくでかかった」
 話をまとめると次のようなことになる。
 細川さんはその日葛根田川に行った。春に伊藤から教えてもらったポイントで釣りをしていたら、岸際2mくらいのところでルアーを追尾するヤマメを発見し、1mほどのところでヒットした。だが、不運にもすぐにバレてしまったのだ。
 魚はパーマークが薄く、どちらかというとマスのような銀色で、体長は少なくとも30センチ以上あった。
 32、33センチなのか、それとも40近いのか。ここは大きな差であり、伊藤にとってもとても大きな問題なのだが、細川さんに限らず30~40センチの魚を数多く見ていない釣り人にとって、その判断は難しい。28でも尺上に見えることもあるし、37と40という3センチも差のある魚はどちらも「でかい魚」という言葉で片付けられてしまうこともある。
「らちが明かないから、確かめてみるかってことになったんだよ。あそこのポイントは広いから、2人で入っても問題ないし」と伊藤はいう。
 翌日、待ち合わせをして、釣り支度を始める。「また掛かるかもしれないから、先にやれば」という伊藤に細川さんは「いや、ここは伊藤さんに」と場所を譲った。
 2~3日前の雨の影響で、流れは平水より高く、釣りには絶好の状態だった。
 その日の流れの強さを見て、長い深トロの中で「この辺かな」というポイントで伊藤が釣りを始める。
「10投か12投くらいだったよ」
 追ってくる魚影を確認して、アクションを加え、ヤマメがミノーのテールフックをつついたところで、フッキングさせる。ランディングするとき、釣り支度を追えた細川さんがやっと伊藤に追いついたところだった。
 体長は36センチ。メス。細川さんが言ったとおり、パーマークの薄い銀毛したヤマメだった。
「この魚だったか?」
「うーん、そうかもしれないです」
 そして伊藤がヤマメの反対側の顔を見ると、エラブタの下あたりに、まるでハリが刺さって、それが外れたような、3ミリくらいの切り傷が見つかった。
「あー、これですね。昨日、この位置に掛かりました。このヤマメが昨日のやつですね」
 偶然か必然か、伊藤の釣り上げたヤマメは、前日細川さんが釣り損ねた魚だったようであった。
「悪いなあ」(笑)
 あれから数ヶ月。今でも細川さんはその時のことを忘れてはいない。
「うん、伊藤さんに釣ってもらったのは良かったんだけど、でもあれはオレが先に掛けた魚なんですよ」
 悔しさと諦めと、期待と不安がそこにはある。
 大きなヤマメを釣りたいという思い。ばらしたヤマメが36センチもあったという事実。歯をきしらせるような願い。
 細川さんの思いは、来シーズンに尺ヤマメという形となって昇華するのか、それとも再びおりのように沈殿するのか。
 手も足も出せない禁漁の冬。細川さんは春までの長い時間を、熱い思いとともに過ごしている。

ライターの付記
 分かる。とてもよく分かるよ、浩司君。
 僕も40に近いヤマメをばらしたことがあって、その詳細は、以前にトラウティスト7号に「吉川勝利のバカヤロー」というタイトルで書いた原稿に記してあるのでここでは触れないが、とにかくあれは悔しい体験だった。
 悔しくて、すぐに伊藤さんに電話をして、「糸があめてたんだじゃ。1日使ったら交換しねばダメよ」という、極めて初歩的で、基本で、当たり前の助言をもらった。
 今でも憶えている。ジャンプした時に見えた、フォールするウェイビーをゆっくりとくわえたでかい影。尾びれの下のオレンジ色。ボリュームのある魚体。年に何度かその時のことを思い出すことがあって、それも全て含めて、釣りという遊びは最高だと思うのです。





「流れはヤマメに勇気を与える」 伊藤秀輝 #04
2006年8月26日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510UL
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/バルサ蝦夷50S



 夏のヤマメは、他の釣り人との戦いでもある。
 梅雨が終わり川の水位が落ち着くと、川にはヤマメが好むような、流れがあってなおかつ水深を保っているような場所が極端に少なくなる。広い範囲に散っていた魚たちは、数少ない深みに集まることになるが、そういう場所は釣り人のプレッシャーに常にさらされる。
「だから、ある程度水深があって条件が揃った場所ならば、いいサイズが入っていると考えていい」
 竜川の場合下流に御所湖があり、ダム湖からの遡上魚が多い。アメマスが春に遡上し、ヤマメは6月頃から本流への遡上が始まる。遡上の本番は梅雨時期からだ。
「でも、6月7月に、たくさん魚が抜かれちゃうんだよね。エサ釣り師がたくさん持って行っちゃう」
 だから、夏にはエサ釣り師の猛攻を潜り抜けていた賢い魚だけが、川の中に残っていることになる。しかも数は少なく、水位の減少という厳しい条件の中だ。夏のルアーマンはその条件の中で釣りをしなければならない。だから……
「だから、攻め方は慎重にしなければならないね。一発でキャストを決めるなんてことは当たり前で、立ち位置ひとつ取っても、数10センチ変われば違う釣りになるから」
 本流の釣りは、アップクロス、サイドクロス、ダウンクロスといった流れを横切るようなキャストになる。
 着水点からルアーのピックアップまで、そのトレースラインはUの字を描くが、伊藤はその線の中に点を定めているのだという。
「点というのは、食わせる場所ね。ヤマメがいるところ。そこでアクションをくわえて、ヤマメを反応させる。そこで食うときもあるし、チェイスしてから食いつくときもあるけど」
 つまり、着水点からヤマメのいる点までの間は、ルアーを見せてアピールさせる区間であり、ピックアップするまではピンポイントで食わなかったヤマメに食いつかせるための区間なのだ。
「ヤマメの着き場を見極める能力も必要だし、そこにルアーが到達した時のアクションも大事だけど、その場所で流れを受けて一番いい動きをさせるためには立ち位置も重要だよ。場所が変わればラインの角度が変わるから、ルアーの向きが変わる。だからリップに受ける抵抗も違ってくる」
 もちろん、それは流れの強さで違うし、使うルアーによっても違う。流れを読む力をつけ、使うルアーの特徴を把握し、点で誘うことを憶えれば、ヤマメは飛躍的に釣れるようになる。
 その朝、伊藤が向かったポイントは竜川の本流だった。
 瀬を駆け下りた流れが左岸にぶつかり、緩やかに右にカーブしている。当然流芯は左岸側で、アプローチは右岸側からということになる。
「対岸から30センチくらいが、シャローの流れの緩い場所。その隣に流芯があって、その緩流帯と流れとの間にヤマメは着いているんだよ」
 流れの境い目。もちろんボトム形状も変化していて、その境い目の下にはカケアガリが存在する。流芯は深く、岸よりの緩流帯は浅い。そのカケアガリに魚は着いている。
「だからバルサ蝦夷を選んだんだよね。動き出しが早いから」
 岸から30センチほどしか離れていない場所にヤマメはいると伊藤は判断した。だからその30センチでヤマメにアピールしなければならない。
「インジェクションの限界かもしれない。インジェクションミノーがアクションし始めるまで10センチ必要だとすると、バルサは5センチくらいで動き始める」
 だからここではバルサだった。
 そして。
「30センチの距離で魚に見せて、本来ならヤマメのいるところでアクションをして食わせるんだけど、ここでは流れの中まで移動させてから食わせのアクションをしたんだ。流れはヤマメに勇気を与えるからさ」
 勇気?
「流れの中のヤマメの方が、警戒心を解くんだよ」
 確かにトロ場にいるヤマメより、瀬の中に入っているヤマメの方が概して活性が高い。
 そしてメスの33センチが出た。
「だからわざとヤマメの目の前じゃなく、ちょっと外れた流れの中までルアーを追わせて、そこで口を使わせる。あの魚はそこまで詰めないと釣れなかった魚だよ。そこまでしてもテールフック1本だったけどね」
 ヤマメの着き場の読み、流れの強さを考慮した立ち位置、ポイントの条件によるルアーの選択、食わせる場所の設定。
 狙った場所にルアーを入れるのは当然。伊藤は、そのレベルの釣りより5歩も6歩も先を歩いている。
「雫石水系でいうなら11本」
 今年、多忙を極めるルアーやロッド製作の合間を縫って伊藤が釣り上げた、尺上ヤマメの数だ。
 ヤマメはいるのだ。ただ普通の攻め方ではルアーに反応しないだけだ。
 ルアー釣りは奥が深い。達人のみが見ることが可能な釣りの世界がどこかにある。  FIN

ライターの付記
 線の中に点を作る。これは、伊藤さんとの釣りの中で、今までにも何度か聞いたことのある話だ。
 ルアーの着水点から足元までトレースラインを想定し、その中でヤマメのいる場所を通過させ、そこでアクションを変化させる。もちろんピンポイントを撃つ技術と、流れを読みながらルアーを思い通りに操作するテクニックがなければ無理なこと。ここがルアー釣りのひとつの大きなキモなのだ。これができる人とできない人では、釣果に大きな隔たりができる。
 おそらく、多くの人が後者で、僕もまた後者だ。





「ハリ先はいつも尖らせておけ」 伊藤秀輝 #03
2005年9月25日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510UL
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50S



 技術は確かだ。住んでいるのが山に囲まれた盛岡というのも利点の一つだ。しかし伊藤秀輝の釣りはそれだけではない。釣行前の準備。これはとても大事なことだと伊藤はいう。
「簡単に言うと、前のシーズンに使ったルアーね、そのミノーのフックをそのまま使ってないでしょうねってこと。そういう細かいことを完璧にしておくこと。まずはそういう基本的なことが、大きな魚を捕る、ひとつの要点になりますね」
 一度も使わなかったルアーなら例外だが、使ったルアーのフックは全て交換する。ハリ先を常に尖らせておくことは重要だ。1日に何匹も釣れるような小型のヤマメならいい。でも、ワンシーズンに1度出会うかどうかという大物がアタックしてきたとき、ハリ先が全て尖がっているかどうか。この時に準備段階での完璧さが効いてくる。
「トリプルフックって3つポイントがあるでしょ。それで使っていると、石にこすったりして、1本だけ甘くなることがある。そういうときにどうするか。これも大事。残りの2本がまだまだ刺さりがいいからそのままでいいなんて考えたら、間違いなくバラシの原因になるね。石にこすれてハリ先が甘くなる場所は、魚にもコンタクトする部分なんだよね。3本のうちの一番大事な1つがダメになってるって認識しなければいけない」
 20m先のボサの下にライナーでミノーを放り込むことができなくても、フックを交換することはできる。素人でも準備できることは沢山ある。ラインの強度は損なわれていないか、ラインに傷はないか、結び目は大丈夫か。それらはパーフェクトであって当たり前なのだ。「老化したタイヤでは、いくらシューマッハでも勝てない。」(笑)
 禁漁間近の9月末、伊藤秀輝は、食事のために外出したついでに釣りをしようと考えた。奥さんが同行していたので、長い時間釣りはできない。何箇所か周って、それぞれのポイントで10分程度、トータルでも1時間に満たない程度の釣りだ。その場合でも、道具の準備に怠りはない。フックは全て尖っているし、ラインも新しい。
「3ヶ所目くらいの場所だったかな。魚がたまる場所があって、そこに入ったのさ。そしてルアーを投げたら、魚がチェイスした。3投4投と追ってくる。食わないんだけど、戻る場所が同じなのね。全く疑ってない。ルアーの存在を疑い始めたら、戻る場所が変わるからね。もちろん、疑われないような釣り方をしなければならないんだけど……。それで、流れが巻いていて、下から浮きあがってくるような流れもあって、なかなかルアーを魚のタナに持っていけなかったんだけど、魚のほうにやる気があったから、なんとか食わせることができたのがこの魚。34センチあった」
 背中に黒点が多い、メスだった。
「やたらと黒点が多いヤマメってたまにいるでしょ。どうも、あれらがでかくなる個体のような気がするね」
 伊藤は、スーパーサイズに成長する個体は、黒点が多いという新しい発見をした。
「前からそういうイメージはあったんだけど、今まではそれがばらばらで、黒点が多いのも少ないのもいたの。でも今年は、釣った魚のうち、デカイサイズは全て黒点が多かった。びっしり黒点が背中を覆っているのさ。自分の中では確信に変わったね、黒点の数と成長とは関係があるって。もちろん、その推測が外れているという可能性もあるけどね。住んでいる場所がら、今まで北上川の水系で釣りをすることが多くて、この水系のヤマメを沢山見てきたんだけど、黒点の多い個体がでかくなるっていう仮説は、北上川水系限定で考えると当たってるんじゃないかと思うよ。たとえば北上川水系のヤマメに流れる血、遺伝子的なレベルでそういう系統なんじゃないかと。秋田はね、意外と黒点が多い個体って少ないんですよ。だから北上川の水系に限った話になるけどね」
 このヤマメは本ヤマメである可能性はあるんだろうか。
「可能性はある。でも雫石川は有名な川で放流も沢山されているわけだから、100%本ヤマメの血かどうかとなると分からないね。ただ、100%放流魚の血ではないと思う。本ヤマメと放流魚が掛け合わさると、判断が難しくなるんだよね。目で見た特徴とは違うレベルでの判断になるし。可能性という意味では、ある」
 黒点の多いヤマメ。成長の早い個体。本ヤマメの系譜。謎の答えは、渓流に住むヤマメだけが知っている。雫石川のヤマメであり、そして他の川のヤマメだ。 FIN





「復活する川」 伊藤秀輝 #02
2005年8月27日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510UL
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/山夷50S



 お盆も過ぎ、山には涼しい風が吹き始める。
 いよいよ大ヤマメの季節が、岩手にも訪れる。
 そのころ、伊藤秀輝にある情報が入った。
「堰堤の下にいいサイズのヤマメがいた。追いかけてきたけど、食わせれらなかった」。和賀川の水系へ友人と釣りに行った伊藤の息子さんからの情報である。
 それで伊藤はそのヤマメを釣るべく、和賀へ向かった
「堰堤に行ったら流芯の脇にヤマメが好きそうなヨレがあったのさ。それで、ここにいるならそのヨレだろうってことで、まずそこを狙ってルアーをキャストし始めたんだ」
 伊藤の流れを読む目は鋭い。長い経験と実績、もしかすると野性のカンみたいなものも働くかもしれないが、広い本流の中から的確にヤマメの居場所を突き止める。
 堰堤下のプールというのは、つかみ所のないポイントであることが多い。上流から水が落下してきて、ただ深いだけのプール。放水口があればキャストの目標物ができるが、しかしその白泡の真下にいるものなのか、ちょっと脇にそれたやや流れの緩いところにいるものか、はたまた反転流なのか。流れの他にボトムの形状も気になるし……。つまりは狙いが定まらないのである。小さい川ならば、狙うポイントははっきりしているが、大場所になればなるほど、素人には攻めにくい場所なのである。そういう大場所を読むことができれば、魚がたまりやすい場所だけに、釣果は大きく違ってくるはずだ。
 結果はすぐに出た。
「6投ぐらいだったね。ルアーがそのヨレから流芯に入ったときに。パーンと来た。33センチのメスヤマメだった」
 狙った場所に10センチと変わらず正確にキャストできる能力、着水後のルアー操作、魚が襲い掛かってきたときのアワセ、そしてランディング。その技術にも高いレベルが必要とされるが、その前にヤマメの居場所を判断する能力がなければ、キャスティングや他の腕も生かされることがない。
「何年かぶりに和賀でいいヤマメを釣ったね」
 伊藤によると、和賀川はここ3~4年、釣り人の多さに起因する不調が続いていたという。
「本流を回ると、要所要所に釣り人のものらしい車が止まっているし、支流に入れば入ったでテントを張って釣りしている人までいたんだ。だから年に何度かは、和賀に行ってみるんだけど、やっぱりダメか、また人だらけだって、Uターンして他の川に逃げることが多かったんだよね」
 和賀川は岩手県と秋田県の県境にそびえる和賀岳付近を源とし、西和賀町(旧沢内村)を南に流れて、湯田ダムが作り出す錦秋湖へ流れ込む。ダムから落ちた流れは東進して北上市内で北上川に合流している。
 岩手県の地図を開いてみると分かるが、渓流釣りのフィールドとなる旧沢内村周辺は、盛岡や北上といった人口を多く抱える都市部から、やや離れた距離にある。しかも、近くに他の目立った川は存在しない。
「それも原因だと思うんだ。3年前とかは人が多すぎて、入る場所にあぶれた釣り人が、車でうろうろしていたもんだから。いったん沢内まで行ってしまったら、そこから北上山地の方に戻るにも遠いし、峠越えして秋田に逃げるにも距離がある。だから和賀の支流に行くしかないんだよね。支流もそこそこ数があるし。だからますますプレッシャーが高くなる。支流の奥まで人も入る。悪循環だね」
 和賀は釣れるという噂が人を呼び、どんどん膨れ上がって、ついには人だらけの川になった。
「私なんかが、雑誌とかこういうWEBページで紹介することも、和賀に人を呼び寄せる原因なんだけどね」
 プレッシャーが高くなって、そして和賀川は釣れなくなったのだ。
「だって魚がさ、ふだんの生活をできないような状態にあったわけだからね。人が多すぎて。エサも食えないくらい神経質になっていたと思うよ。魚のサイズと賢さは比例するから、なおさら大きな魚はルアーなんかにぜんぜん反応しないわけだよ」
 それが2005年からちょっと変わり始めた。釣り人の数が減った。人が入りすぎて釣れなくなり、やっと釣れない川から人が減り始めたのだ。
「人が少なくて魚が多いと、魚は釣れるようになるんですよ。釣れるようになるとまた人が増えて、釣れなくなる。そういう状態が2年くらい続いて、釣れないということが知れ渡って、そうなるとまた人が減り始める。そういう振り子の振れみたいのはあるだろうけど、和賀川がいい川であることもまた事実だから、人が多いときは別の川へ行って、釣れなくなったという噂が出始めたら、行ってみるといいかもしれないね」
 和賀は復活した。しかし今年も続くかどうかは、不明だ。 FIN




「遡上する魚」 伊藤秀輝 #01
2005年8月4日、岩手県
写真=伊藤秀輝
文=丹律章

タックルデータ
ロッド:イトウクラフト/エキスパートカスタムEXC510UL
リール:アブ/カーディナル3
ライン:バリバス/スーパートラウトアドバンスVEP 5ポンド
ルアー:イトウクラフト/蝦夷50S



 太陽がギラギラと強烈さを増し、入道雲が夏の本番を主張し、最高気温が30度を突破する夏、伊藤秀輝のヤマメ釣りはその頃に本格化する。
 雪解けも終わって水温が安定する。ヤマメがアユや他の小魚を追い回す。ミノーへの反応がよくなる。そしてスーパーヤマメの夏が来る。
「地元の雫石川で言えば、御所湖より上で大きく2つの水系があるんですよ。ひとつは竜川で、もうひとつが葛根田川ね。その合流点くらいから葛根田にヤマメが刺してくるのが、例年7月20日ごろから。そりゃあ年毎に早かったり遅かったりはするけど、大体その頃だね」
 本流の下流部。比較的流れの緩い深場で春を過ごしたヤマメが、上流を目指して移動を開始するのが初夏なのだ。夏が伊藤のヤマメ釣り本番突入の季節というのは、そういうわけなのである。
 釣り仲間で雫石町に住む大和博から伊藤に連絡があったのは、7月の後半だった。「いた。追ってきたけど掛けられなかった。いいサイズのヤマメだったぞ」。大和はそう言った。葛根田川にヤマメが刺してきたのだ。
 伊藤は、やっぱりなと思いながら葛根田川へ向かった。大和と合流した伊藤は33センチのメスヤマメを釣り上げた。
「でも33の前に1本切られてるんだ。ラインは新しかったんだけど、身体にぐるぐるに巻かれちゃって。なにせあそこの魚はホントにコマみたいに回転するのさ。半端じゃなく身体にラインを巻くんだよな。それでやられた」
 翌日には大和も同サイズを手にした。ノボリヤマメは間違いなく葛根田に入った。その事実はもうひとつの予測を生む。竜川もそろそろいいぞ、と。
 そして伊藤の竜川通いが始まった。毎朝3時起きで朝駆けの勝負である。
「葛根田も竜川もゴーロクを使っちゃったけど、本当は6フィートがベストだね。葛根田も竜川も、下流部だったら川幅も広いからなるべく広く探れる方がいい。長さだけならもっと長くてもいいくらいだけど、ミノーをキビキビと動かしたいから、シングルハンドグリップの方が使いやすい。だから6フィート。尺上から40クラスのヤマメなら、ヘビーなタックルは必要ない。うちでいうULXで充分だと思うよ」
 一昨年ラインに加わったEXC600ULXは本流向けに作られたロッドだ。比較的規模の大きな河川でヤマメを釣るときにベスト。そして小規模河川でのサクラマスやアメマスなどにもマッチする。
「和賀とか小本とかの本流ヤマメに使いたいね。それと安家川のサクラとか下北のアメマスにもいい。50くらいまでなら問題なく捕れるよ」
 朝駆けの竜川通いを始めて数日、34センチのヤマメを伊藤は手にした。上流を目指す魚が休むのにうってつけの淵があり、その少し上流の石回りを探っているときのヒットだった。スタイルのいい、いかつい顔をしたオスのヤマメは怒ったような顔で伊藤をにらみつけた。
「サイズもいいけど、カッコイイ魚だよな、これ。こういうヤマメを釣りたいね。多分、天然ヤマメの血が入っているんだと思うよ。放流魚ではこうは成長しないと思うから」
 現在の渓流釣りは、渓流魚の放流なくしては成り立たない。だが、川には天然の血を受け継いだヤマメもいて、それが100%ではないにせよ、野性は存在している。
「もちろん天然の魚が一番だけど、今はそれを望むことがかなり難しいよね。だからせめていいヤマメを放して欲しいと思うんだ。今、雫石の漁協は、ヤマメを同じ漁協の理事の養殖場から買っているらしいんだけど、これがすごく質が悪い。成長が悪いしお世辞にもきれいとは言いがたい。あれを何とかして欲しいね。2~3年前にすごくプロポーションのいいヤマメがバンバン釣れたときがあって、聞いてみたら三陸の方の養殖場の魚だっていうんだ。アユを買ったらおまけにヤマメをサンプルでくれたらしいんだけど、そこのヤマメはそれっきり。そういういい養殖ヤマメだっているんだから、質の悪いヤマメを放すことはないと思うんだ。もちろん、その理事の養殖場で、三陸のそのヤマメと同じ質のものを養殖できるんならそれでもいいよ。問題は、魚の質だよ」
 雫石川は支流が多く、水質もいい。過疎化が進む中、町にとってこの川は大きな財産であるはずだ。都会から釣り客が訪れれば、町にお金が落ちる。宿泊施設、食堂、スーパーやコンビニ、ガソリンスタンド。きれいなヤマメがバンバン釣れればそれは大きなニュースになる。星の数ほどある河川の中の、ワンオブゼムではなくなる。
「本ヤマメを釣ってきて採卵して発眼卵で川に戻すとか、そういうこともできたらいいなと思うんだ。雑誌で本ヤマメの釣りを紹介して、それだけという無責任なことはしたくないからね。今は時間がないから、自分でやるのは無理かもしれないけど、何か方法はないか考えているんだよ」
 伊藤のロッドを曲げたヤマメは流れに戻っていった。「カッコイイヤマメだったろ」というだけあって、素晴らしい魚だった。こんなヤマメがバンバン釣れる川というのは確かに現実的ではない。でもありえない話でもない。
 もしそれが実在したら……。
 その川は、日本中の釣り人で賑わうことになる。それは間違いない。漁協や町が長期計画でそれを目指してみても、決して損はしないと思うのだが。 FIN




specer
CATEGORY
FIELD STAFF
OTHERS