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FROM FIELD TOP>■釣行記 IV (#16~20)
PROFILE
いとうひでき。ITO.CRAFTがリリースするロッドやルアーは、アングラーとしての彼がフィードバックし、クラフトマンとしての彼がデザインして生まれる。サクラマスやギンケしたスーパーヤマメを狙う本流の釣りも大好きだが、根っこにあるのはやはり山岳渓流のヤマメ釣りだ。魚だけでなく、高山植物など山のこと全般に詳しい。野性の美しさを凝縮した在来種のトラウトと、それを育む東北の厳しい自然に魅せられている。1959年生まれ。

「ヤマメは見ている」 伊藤秀輝 #20  
2010年9月上旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st[BS]/ITO.CRAFT



 伊藤は一種の観察魔だ。ルアーに反応したヤマメの姿を、彼は本当によく観察している。
 とある淵でのこと。伊藤がアップストリームで落ち込みの白泡の脇にできた弛みを探っていたところ、白泡の中から、すーっと尺近いヤマメが現れた。伊藤の後方2mで、「うわっ」と思わず声が出る。追ってきたヤマメが足下に近づきすぎる前にトゥイッチを緩めると、そのヤマメは同じスピード感のまま元いた白泡に戻っていった。
 伊藤が静かにこちらを振り返り、ニコリと微笑んだ。吹っ飛んできて一気に食うような活性ではないものの、彼の目には十分に可能性のある魚に映った。
「ルアーに対して興味と警戒の両方を抱いてるゆっくりとした追いではあったけれど、あの戻り方はまだチャンスがあるんだ。元の着き場に、しかも慌てた様子もなく戻っていったからね。まったく違う場所に帰っていったり、ビックリしたように大慌てでUターンするのは、釣り人の存在に気付いたとか、ルアーの存在を見切ったとか、とにかく魚が何らかの違和感やプレッシャーを感じたからで、そうなったら厳しいよ。だから、キャストもトゥイッチもほとんど手首だけで行なうコンパクトな釣りスタイルは基本中の基本だし、追わせてる間はミノーに魚の意識を集中させておくために、魅力的なアクションを次々と繰り出さなければいけない。浅くてクリアな本ヤマメの川では特に釣り人の気配を悟られやすいから、魚に余計なプレッシャーを与えない今のコンパクトな釣りが、自然と出来上がったんだ」
 この辺りの話は、伊藤にとっては渓流釣りの長年のベーシックと呼べるものなのだが、彼はミノーを追ってきたヤマメについてさらに面白い話をしてくれた。
 釣り人の手前で追うのを止めたヤマメが、元のポジションに戻るのではなく、また違う場所へ逃げるのでもなく、その場にじっとしているケース。大胆にも釣り人から目と鼻の先に留まるヤマメを、見たことはないだろうか。何かに警戒したのであればさっさと逃げればいいし、そうでなければ元の隠れ家に帰ればいい。あの行動の意味は、一体何なのだろう。
 伊藤はこう考えている。
「もう最近はね、釣り人の存在に慣れてしまってるヤマメが多いと思うんだよ。釣り人の立つ位置も、ルアーのことも、魚は知ってる。それでね、チェイスを止めた地点にヤマメが留まってるのは、釣り人の姿を探してるんだよ。人が動くのを待って、その存在を確かめようとしてる。そこで少しでも上体を動かしたら即ゲームオーバーだし、それくらい今のヤマメは賢いよ」
 釣り人の目の前で、逃げるでもなく、ただそこにいるヤマメは、一見無防備にも思えるけれど逆にそれだけ絶対に釣られない自信があるのかもしれない。
 ヤマメは釣り人を見ている。そしてそのヤマメを見て、伊藤は考えを巡らせている。

 さて今日釣るべきヤマメは、元の白泡に戻っていった。
 伊藤は静かに、立ち位置を変えた。ヤマメが白泡を隠れ蓑としていることが好都合だった。その白泡が魚にとってもブラインドとなり、動くことができたのだ。
 ややサイド気味の角度から、今度は白泡のなかにミノーを突っ込んだ。アップからクロスに変わった分、魚の目の前でゆっくり時間をかけて、より溜めを利かせながら誘える。おそらく最初の立ち位置からでもバイトに持ち込むことはできたが、確実に釣るための安全策がそれだった。何度も追わせるのではなく一発で食わせること、よりガッチリと食わせること、そのための立ち位置。最初からそこに立っていたらどうなっていたのか? と聞くと、それはそれで魚に気付かれるリスクが高かったと伊藤は言う。魚が白泡に入っているとは限らないからだ。
「最初のチェイスで、綺麗なパーマークがはっきり見えたからね、このヤマメはどうしても釣り上げて写真に収めたかった」
 ちょうど白泡が切れる辺りでドンっとミノーにアタックしたヤマメが、澄んだ淵の中でこれでもかと暴れた。水中に揺れるものすごいパーマークを見て、ふたりして歓声を上げた。
 そしてネットに横たえたヤマメの魚体を見て、さらに大きな声を上げた。これはすごい。鮮明に浮かび上がったパーマークがあまりに美しかった。尺を超える個体なのに、山奥で釣れるチビヤマメをそのまま大きくしたような、そんな鮮やかさのパーマークだ。また「濃さ」だけでなくそのひとつひとつの形も個性的で、強い野生を感じさせる。これも本ヤマメの魅力である。
 伊藤も興奮冷めやらぬ様子でじっとそのヤマメを見つめ続けた。
「こういう本ヤマメがまだいるんだよな。この血統は何としても守っていかないと」
 またこの川で、このヤマメの子供たちに会えたら最高だ。それを願ってヤマメを流れに戻す。宝石のような輝きが淵のなかへ消えた。

【付記】
伊藤が釣る一匹の魚には、ヤマメ釣りの面白さが凝縮して見えることが多々あります。今回のヤマメもそんな一匹でした。月並みな言い方だけど、やっぱりサイズが全てじゃないんだよなあ、とつくづく思います。もし大物を獲ることだけがこの釣りの全てだったら、きっと僕はすぐに退屈してしまいます。水中での駆け引きにも、魚の顔つきやパーマークにも、たくさんの価値や楽しさを見いだせるのがヤマメ釣りの面白さで、そのことを改めて感じた釣行でした。










「道具と技術」 伊藤秀輝 #19
2010年7月下旬、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC600ULX/ITO.CRAFT
reel:Exist Steez Custom 2004 /DAIWA
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Yamai 68S Type-Ⅱ[AU]/ITO.CRAFT



 昨年の夏のこと。
 記録的な猛暑に見舞われていた岩手の川で、伊藤秀輝とスーパーヤマメを狙っていた。
 この日の釣り場は本流。周囲の深い山々から澄んだ沢の水が集まって、1本の太い流れを作っている。自然豊かで何とも素晴らしい環境だけれど、昼近くになっても9寸クラスのヤマメが2本と釣果的には少々物足りない状況だ。
 川はずいぶんと渇水しているし、水温も上がってきた。アユ師も多い。目の前に歓迎すべき材料は見当たらないが、伊藤は自分のリズムを崩すことなく小気味よいキャストを続けていた。

 対岸のキワに向けて、無駄のないモーションで矢のようにミノーを飛ばしている。ラインがものすごい速度で伸びていく。
 渓流で見せる極端にストロークの短いスナップキャストとはまた違うが、本流での6ftを使ったキャストであっても、肩は動かさず、鋭くシャープなフォームでロッドをしならせる。バットから曲げられたカスタムのブランクが、その強い復元力でルアーを飛ばす。もちろんフルキャストであればロッドを限界まで曲げ、その反発力を最大限に引き出す。だから伊藤のルアーは、圧倒的に飛ぶ。
「道具の性能をいかに引き出すか、それも釣り人の技術だよね。ルアーのウエイトに頼らずに、カスタムのブランクをマックスまで曲げてキャストするのは確かに難しいことだし、ルアーの初速が速くなるほどリリースのタイミングも難しくなる。けどね、このキャストをマスターした先には夢のような飛距離が待ってるんだよ。ラクなキャストではどうしたって攻めに限界がある。連続して同じスポットへ入れるにも、肩を支点にするような振りでは先がない。いい魚を手にするためには飛距離だけじゃなく本当にギリギリの釣りが求められるし、しかも限られた時間と場所で楽しむには、やっぱり技術を磨いて質の高い釣りをしないと。いままで、常にそう考えながら釣りをしてきたね」

 本流、渓流を問わず、飛距離の重要性はいまさら言うまでもない。
 この日はルアーも、ぶっ飛び仕様のプラグを選んでいた。
 山夷68SタイプⅡは7.5gというウエイトと理想的な飛行姿勢の相乗効果で、固定重心ながら大きく飛距離を稼いでくれる本流ミノーだ。もちろん飛びの面だけでなく、誘いの面でも山夷68SタイプⅡは高バランスな性能を持っている。押しの強い流れでも飛び出すことなく綺麗に流れを泳ぎ切る安定性を持ちながら、トゥイッチやジャークに反応してギラギラとハイアピールなヒラ打ちを演出するレスポンス性能も与えられている。飛距離と安定性で広範囲を効率良く探りながら、釣り人の技を流れのなかに忠実に表現してくれるミノーだ。道具の性能を引き出すのが釣り人の技術であり、そして一方で、釣り人の技術を生かすのが道具の性能だとも伊藤は考えている。

 瀬の流れが絞られて、波立つ流芯が対岸のキワを走っていた。
 絞りの頭にアップクロスでキャストした山夷68SタイプⅡを中層辺りまで沈め、軽やかなトゥイッチでアクションを加えていくと、ちょうどターンを決めるミノーの後方でギラリと反応する魚影が見えた。水が澄んでいるから遠目にもハッキリ見えた。伊藤がニンマリと振り返る。間違いなくスーパーヤマメだ。たぶん、あれを釣り逃したら今日は終わり。最初で最後のチャンスだろう。そんなシビれるような緊張感のなか伊藤が次のキャストを放つ。
 あの魚はきっともう一度出る。確信を持って攻める伊藤のロッドがグワンッと弓なりに曲がった。待ってましたとばかりにアワセを決めた瞬間だった。同時にヤマメが流芯に乗って、勢いよく流れを駆け下っていく。しかし勝負あった。伊藤はアワせた瞬間、フックのゲイプまで完璧に突き刺さったのが手に取るように分かった。この魚は、バレない。ロッドのフッキング性能と感度が物を言った。あとは焦らず、魚の次の動きを読みながらやり取りすればいい。一気の走りを受け止める強靭なバットのトルク、不意の首振りに対してもテンションを絶妙に保ってくれるベリーの追従性、そうしたロッドの性能を生かしながら魚の動きをじわじわと封じ込めていく。
「道具と技術を完璧にしておかないと、釣れない魚が本当にいっぱいいる。釣り場に通い詰めたりタイミングを計ったりすることよりも、ずっとずっと大事なことだよ」
 暑くても、渇水しても、41cmの本流ヤマメは伊藤のネットに収まった。















「アワセのディテール」 伊藤秀輝 #18
2009年9月下旬×岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3 /ABU
line:Super Trout Advance 5Lb/VARIVAS
lure:Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[ITS]/ITO.CRAFT



 伊藤秀輝の釣りは、滑らかな流れのなかに非常に細やかな神経が行き届いている。何度間近に見ても、噛み砕いて説明してもらわなければ気付かないことがたくさんある。
 アワセひとつをとってもそうだ。
「そのときそのとき、一匹一匹で違うんだよね。アワセって。魚のサイズによっても違うし、流れや水深によっても違うし、アップかクロスかでも違う。もちろん、チェイスのスピードやバイトのタイミングによっても変わる。相手は物じゃなくて生きた魚だから。アワセはこうだ!みたいになんでも決め付けようとしがちだけど、釣りってそう単純ではないよ。簡単に要約して分類しようとするのは無理があるよね。誘い方だってそう。ワンパターンで釣れる魚なんて今どきそう続かないよ(笑)」
 一瞬のアワセにも、さまざまな意図が含まれているのだ。
 えてして僕らは物事を要約したがる。ケースバイケースであるはずの本質を、手っ取り早く見抜こうとする。でも、その勝手な決め付けや枠組みが釣りの進歩を止めてしまうことがあると伊藤は言う。
 同じ水はない。同じ魚もいない。だからアワセも千差万別なのである。

 伊藤は高活性時の魚はもちろん、スレた魚や追いの消極的な9月の魚に対しても、驚くべき精度でアワセを決めていく。その結果として、バラシが極端に少ない。
 キャストをする前から、あらかじめ食わせのスポットを想定しておき、さらに魚がチェイスを始め残り20cmの距離までミノーに近づいてきたあたりでは、バイトのタイミングやアタックしてくる角度を伊藤は魚の動きを見てかなり鮮明にイメージできている。だから、先に身構えていられる。
「でもそこでね、ただロッドを強くあおればいいってものでもない。いい魚をバラさないためには、実はすごく繊細な感覚が必要なんだよ。まず、アワセの速さと強さは違うし、乗せと貫通も違う、っていうのは分かる? ドンッと突っ込んでくるような高活性時以外は、確実に乗せてからフックポイントを突き刺す。じゃないと、最初のひと暴れで簡単に外されかねないからね。基本的には一瞬の手首とヒジの動きで乗せて、次のストロークで貫通させるんだけど、それぞれの微妙なニュアンスの違いで、アワセのバリエーションはそれこそいくらでもあるんだよ。例えば、極端に追いの弱い魚を誘って誘って食わせるようなときには、スナップだけでより速く乗せる、とか。でも、そこから強くアワせすぎるとそのまま抜けてしまうことが多いから、そのあとは、じわっと溜めるようにアワせて貫通させる、とかね。余計魚が大きいときは、体重を乗せられてもハリ先に力が加わりすぎないように、膝を柔らかく使って体にも溜めを作っておく。いい魚であるほど大事にしたいし、興奮して体が早く反応しすぎないように、完全にテンションが掛かってから乗せることもある。魚と状況次第でいろいろ変わる。ひとつのチェイスにも、本当にいろんな情報が詰まってるんだよ」
 話を聞いて言葉は理解できても、一瞬のチェイスに目をこらし臨機応変にアワセを決めるなんて、そう簡単にできることではないと思う。物を言うのはやはり経験なのだろう。選択肢を理解している知識と魚を見る目、そして体に深く染み付いた感覚がその一瞬に現れるのである。
 単にどれほどの年数をこなしてきたか、という経験ではなく、一匹の魚をどれだけ突き詰めて釣ってきたか。その積み重ねによって釣りのすべてが磨かれていく。
「ヒットした魚をバラしてしまうのは、必ず釣り人側に何らかのミスがあったからなんだよ」
 伊藤がいつも言うことだ。

 千差万別のアワセとはいえ、伊藤のアワセにはほぼ共通した型のようなものがある。伊藤は鋭いスナップとヒジの動きを使って、無駄のない短いストロークで瞬間的にフックアップさせるわけだが、その際グリップの位置は、常に体のヘソの辺りにある。これが重要だと言う。
「体の中心っていうか軸でアワせるってことだね。肩まで動くような、グリップがヘソから50cmも離れるようなアワセではロスがありすぎるし、トルクやテンションも正確に分からない。ちゃんとフックのゲイプまで入ってるか不安になる。もちろんロッドの性能も大切で、その短いストロークのアワセでもバットがしっかり止まるロッドじゃないと確実なフッキングは難しいよね」
 エキスパートカスタムの張りのあるファーストテーパーはキャスティング性能や操作性と同時に、フッキング性能を突き詰めたブランクでもある。バラシを防ぐためには、バイトの浅い魚に対しても瞬時に完璧なフッキングを決め、且つ、フックの貫通を伝えてくれる高感度のロッドが欠かせないのだ。
「20年前はいまより魚も多かったし、スレてなかった。でも、道具が劣ってた。いまは反対に、魚はシビアだけど優秀な道具で釣りができる。それを考えると、掛けた魚を獲る難しさは昔もいまもそんなに変わらないんじゃないかな」

 フッキングの成功率は言うまでもなく、如実に釣果となって現れる。アワセが決まればその後のやり取りを優位に進めることができる。すべてがシビアな大物であるほどその違いは大きいし、特にテンションが緩みやすく向こうアワセで深くフッキングすることが少ないアップストリームの釣りでは、きちんとアワセを決めていく必要がある。1シーズンに一度の、あるいは一生に一度かもしれない貴重な出会いに恵まれたとき、アワセの完璧さがその結果を左右することもきっとあるはずだ。
 伊藤のアワセは、魚を掛けて掛けて掛けまくって得られたものだと言う。教えてくれる人など誰もいなかった。すべては川と魚が教えてくれた。
「いい魚がヒットしても自然体で、アワセからランディングまでの一連の流れをスムーズにこなすこと。これができて初めてイッパシのアングラーになるんだよ。常にイメージして、心掛けて、意識しなくてもその動作ができるようになるまで体に染み込ませることだよね。俺だってずいぶん前は、悔しくて悔しくて河原にひざまずいたこともあるよ」
 この遊びはのめり込めばのめり込むほど、極めようとすればするほど、ますます面白くなっていく。アワセひとつにも釣り師の経験が凝縮しているのだ。川と魚を感じ、アワセのディテールに意識を向けることで、きっとこの釣りのさらなる奥深さに気付くはずである。















「WOOD85と6月のシナリオ」 伊藤秀輝 #17 
2010年6月10日、秋田県
写真と文=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC820MX/ITO.CRAFT
reel:Exist Hyper Custom 2508/DAIWA
line:Super Trout Advance Big Trout 12Lb/VARIVAS
lure:Wood 85 proto model/ITO.CRAFT



 2010年6月。秋田県のサクラマス解禁から数日が過ぎ、時期的にもサクラマスの活性は、急な下り坂をゴロゴロと転げ落ちていることが想像できた。
 解禁日から蓄積し続けているプレッシャーも、きっと川の隅々にまで行き渡っている。全く釣れていないわけではなかったけれど、状況を好転させるようなキッカケが見当たらず、どこからともなく終末ムードが漂い始める、そんな時期に差し掛かっていた。
 伊藤秀輝が玉川に向かったのは6月10日のこと。タックルとカメラを車に積んで、ぼくも同行する。

「やっぱり水はないね。ぜんぜんだよ」
 橋から見下ろす川は、ずいぶんと減水しているようだった。平水時であれば厚い流れに覆われているはずの川底が、すっかり露出している。その下手の瀬でルアーマンが3人、等間隔に並んで竿を振っているのが見える。
 困ったことに、と言っても出発する前から分かっていたことなのだが、状況は好転するどころか、日に日に悪くなっているような気さえしてくる。この停滞する川でナーバスなサクラマスを相手に、釣り人にはどんなカードが残されているのだろう。
「水が動いたわけでもなく、プレッシャーも高まった後の釣りっていうのは、本当に難しくなる。だからこそ自分が意識するのは、相手の衝動的な部分を引き出す釣り。イメージ的に言うとね、遠くから長くルアーを見せるんじゃなくて、ああルアーが来たなと魚が警戒する前に、捕食圏内に素早く持っていく。その範囲内でルアーの一番良い泳ぎを引き出して、タメを作る。出来るだけ魚の警戒心をあおらずに口を使わせるような釣りを、こんなときは考えてるね」
 最初のポイントへ向かう車中、伊藤が今日の釣りのイメージを話す。
 まずは点を釣るということ。しかしそれを実際にやろうとしたら、魚の位置をかなりハッキリと予測できていなければ、釣りは始まらないということになる。
「もちろんそう。この辺りにいるな、というのじゃなく、ここ!っていう風に着き場を絞り込むことが大前提。どんなに広いポイントでも、1匹のサクラマスがいる場所というのは当然『点』なわけだから、その一点にすとんっと一気に落とし込んで、しかもしょっぱなから強い釣り、ハイアピールなヒラ打ちで誘う。そういう速攻型の釣りで決めていった方が、いまのこの状況では確率は高いのさ。よくさ、1つのポイントを何投で見切りますか?なんて聞かれるけど、そういう質問って返答に困るんだよね(笑)。効果的じゃない攻め方で100投しても意味ないんだし、もうドンピシャ!っていう形で10投したら、それで決まるっていうのもあるし。それと現場で感じ取る、魚からのシグナルにもよるしね」
 始めから神経質で、キャストのたびにさらにスレていく魚が相手だから、中途半端な釣りや消極的な攻めはかえって状況を難しくする、というわけだ。

 そしてこうしたシビアな状況でも、伊藤の言うところの「魚の衝動的な部分を引き出す釣り」に高い有効性を発揮するルアーが、この日、伊藤のプラグケースに入っていた。来期のサクラシーズンに向けて発売が決まっているWOOD85だ。ウエイトは14gと18gの2種類。
 そのWOOD85に話題を移すと、伊藤はまずスプーンの話から説明を始めた。
「飛距離が出て、沈み込みが速くて、底波をきっちりドリフトさせられるのがスプーンの真骨頂でしょ。WOOD85にはそれをもっと有効にしたイメージが含まれてるんだよ。ミノーっていうのは、スプーンみたいにヘンに回転しながらのウォブリングじゃなくてさ、一定の姿勢を保ちながらアクションされられる。魚ってそれにすごく反応するんだよ。スプーン的な使い方もできて、なお且つそういうミノーの姿勢の良さを生かした、効果的なヒラ打ちを連発できる設定だね」
 WOOD85は、釣り場でのさまざまな展開が想定されていると言う。例えば、早春の割とピュアなフレッシュランを狙うときは、飛距離が出るので広く手返し良く探ることを優先させられるし、タダ巻きでもしっかりウォブロールして誘える。また、ショートリップのヘビーウエイトミノーだから、カウントダウンやロッドの角度によって泳層が選べる上、それぞれのレンジで思いのままにヒラを打たることができる。止水のデッドスローでも泳ぎ、逆に雪シロ絡みの押しの強い流れでも飛び出さない。トゥイッチへの反応もすこぶるいい。ウッド素材ならではの極めて緻密なバランスだ。
「もちろん、ボトムまでしっかり落とし込んで、底波に入れたまま、止めてヒラを打たせることもできる。結局こういうヘビーウエイトで、泳ぎのキレの良さ、トゥイッチでのヒラ打ちの反応の速さを追求すると、このサイズのプラスチックではやっぱり限界があるんだよね」

 さて、1つ目のポイントに到着したぼくらは、急いで釣り支度を整え、朝マズメの河原に立った。水色はクリアで一見きれいだが、相変わらず玉川の水は、どこか生命感に乏しい。カメラをいじったり朝モヤの景色を写真に収めたりしていると、「まったく気配がない」と伊藤が早々に見切りをつけた。2つ目のポイントも同様で、すぐに見切った。
「魚は少ないって聞いてたけど、確かに、これは厳しいね」
 魚が少ないということは、そのぶんだけ、さらにサクラマスと出会う確率が下がる。と、ぼくは考えていたのだが、伊藤は違うと言う。何が違うのかというと、そのぶんだけ、ではないのだ。
「1つのポイントに3本、4本と入ってると、仲間がいる安心感があるのか、その内の1匹、2匹は比較的ルアーに興味を示しやすいんだよ。それが1匹しかいないと、すごく不安がって余計に警戒心が強まる傾向がある。これはヤマメも同じ。だから、仮に前年に較べて個体数が半分だったら、釣果は半分のさらに下になるはずだよ。3分の1とか、4分の1とか。魚が少ないことで、魚の性質も変わってくるからさ、それが釣りの難しさをさらに加速させるんだよ」
 明るい話題ではないけれど、こういうベテラン釣り師の話を聞くのはやはり楽しい。へえ、そうなんだ、とその洞察力と経験に深く感心しながら、3つ目のポイントに到着した。
 いい感じのトロ瀬がほぼ直線的に走っていた。
 以前から、いいポイントだな、とは思いつつ、押しが強過ぎるためになかなか手の出しづらい場所だったが、渇水の今日は一目見て、「ぞくっ」とくるものが伊藤にはあった。
「さっきも言ったように解禁を過ぎてからの釣りっていうのは、もう狙い澄ましたスポットで、一気にタナを合わせてやって、1投目から綺麗に誘ってこれるか、これが大事だと思う。魚が少ない状況であれば余計にそう。で、減水してる今日なら、このポイントでもそういう釣りが展開できるなと」
 サクラマスのいる場所はすでに予測できている。ぼくには分からないけれど、平坦な瀬のなかに一ヶ所だけ、がくんっと底の掘れたスポットが隠れている、らしい。狙いはその一点。
 WOOD85の18gをスナップにセットした。立ち位置の関係からアップストリームで、底の掘れたスポットへキャストする。2mほど上流に着水させ、ボトム付近に送り込んでから、トゥイッチで連続してヒラを打たせる。サクラマスの衝動的な興味を引き出す誘いだ。
 1投目。えっ?と思った。
 底波から浮き出ることなく、ヘンにダートすることもなく、ギラギラとヒラを打ちながらゆっくりと流下してくるWOOD85の後ろを、銀色の丸太のようなものが追尾していた。ミノーの約1m後方をサクラマスが追っているのが見えた。
 その距離が、50cmに詰まる。伊藤の足元から3mの所。そこで伊藤はトゥイッチを緩めると、意図的にサクラマスのチェイスを止めた。するとサクラマスは、ぐるっと反転し元の着き場へ戻って行った。
「えっ?」一瞬置いて声に出して言った。
 この状況でチェイスしてきたサクラマスにも驚いたが、それをわざと帰すなんて。千載一遇のチャンスの場面で、こんなことをするなんて、ぼくには到底信じられなかった。残り3m。もっと誘えば魚とルアーの距離はさらに縮まったはずだ。
 理由をたずねる。
「きっと魚は少ないはずだし、いても、テトラの下に隠れたりして、出てこないんじゃないかな。そういう状況で、通しのいい流れに魚がいた、というのが分かっただけでOKだよ。あれは釣れる魚だ」
 対岸に渡るよ、と言って伊藤は川を背にした。彼のなかでは、もうヒットした魚なのだ。残り3mの所で、頭のなかではすでに次の展開、つまりヒットした魚をバラないように確実にランディングするための判断が行なわれていたのだ。対岸から、サイドでがっちり食わせた方が安全。そう判断した。
 対岸に渡った伊藤は同じWOOD85を、サイドから、魚が戻った地点の2m奥へ投げ込んだ。魚は見えないが、伊藤にはサクラマスの、その頭の位置までハッキリと分かっていた。ミノーがそこを通過する辺りで、派手にヒラを打たせる。1回、2回、3回、「ドンっ」。
 ヒットしたサクラマスが、押しの強い流れのなかで豪快に暴れる。それをじっくりといなす。ファイト中は、ロッドのベリーをしっかりと生かすことが重要だと言う。ロッドのしなりをほぼ一定に保つ。このテンションならバレることはない、という所で維持する。それは3m手前でヒットしたときも、30m沖でヒットしたときも同じ。俺は体のなかにドラグセンサーがあるからね、と伊藤は笑う。
「簡単に出るときは出る魚なのに、釣れないってなったら、とんでもなく難しいのがサクラだよね。今年みたいに釣りづらいときっていうのは、疲れるけど達成感とか満足感も大きい。このマスに関して言えば、自分のなかでは3本分の価値はあったよ。それくらいシビアに狙って、自分のシナリオ通りに、駆け引きがきっちりできて仕留めた魚だから」
 伊藤のネットには66cmの、玉川の太いサクラマスが収まっている。
 渾身の一尾に、ぼくは腹の底から感動していた。













「40ヤマメと、渓流ロッドの長さについて」 伊藤秀輝 #16
2009年8月28日、岩手県
文と写真=佐藤英喜

TACKLE DATA
rod:Expert Custom EXC560ULX/ITO.CRAFT
reel:Cardinal 3/ABU
line:Super Trout Advanced VEP 5Lb/VARIVAS
lure:Emidhi 50S 1st Type-Ⅱ proto model/ITO.CRAFT
landing net:North Buck proto model/ITO.CRAFT



夏の終わり、地元の雫石川水系で伊藤秀輝が釣り上げたスーパーヤマメ。銀のボディに青いパーマークをしっかり浮かべ、すっと鼻の尖ったその雄のヤマメは、メジャーをあてると43cmもあった。昨年8月28日、朝6時30分頃のできごと。

1. 『朝マズメの一撃』
―― このときは仕事前の朝駆けでした。確かこの一週間くらい前に、同じ区間で尺クラスの太いヤマメを2本掛けたんですよね。

伊藤 「うん。本流差しのヤマメでさ、これはいいヤツが差してきてるなと。そう考えたら無性に釣りがしたくなって、で、あの朝にまた行ったんだよね」

―― 43cmが出たポイントは、深さも長さもある、でっかい淵でした。ルアーはリリース前の蝦夷50ファースト・タイプⅡ。カラーリングなんかはまだ本物じゃないプロトモデルですね。

伊藤 「そう。4投目かな、流芯が切れる辺りで魚が反転するのが見えたんだよ。完全にルアーを追った。しかも、でかい。これは、Uターンされたらもうダメかもって瞬間的に思ったね」

―― 伊藤さんの場合、もっと規模の小さい渓流だと、チェイスしたヤマメをいったん元の着き場に意図的に戻したりもしますよね。

伊藤 「不利な状況で掛けるよりは、もう一回攻め直した方がいいときもあるからね。これはもう、とっさの判断。このときはタナも深いし、流芯まで距離があるし、いったん帰してしまったらもう一回魚に火をつけるのは難しい状況だったんだよ。簡単に言って狙いづらくなる。だから、誘いを一段シフトアップして、ヤマメのテンションをさらに高めてやって追わせたわけ。ヒラ打ちでね。タイプⅡ! 頑張るぞーってさ(笑)」

―― そういう瞬間って、やっぱり理屈じゃなく、直感で判断する部分も大きいわけですよね。このへんが難しいというかスリリングというか。

伊藤 「イチかバチかのときもあるけど、直感の占める割合はかなり大きいと思う。意識より先に体が動くようじゃないと、生きた魚の動きには到底対応できないもの」

―― 結局はそのチェイスをバイトに持ち込みました。で、そのあとがスゴかったです。

伊藤 「とにかく引いたね、このヤマメは。ホント引いた。中層からなかなか浮いてこなかったもんな。ゴンっ、ゴンっ、ゴンって首振ってね」

―― 尾ビレがすごく大きかったですね。

伊藤 「ヤマメの系統にもよるんだけど、あれはやっぱり、押しの強い流れのなかを泳ぎ回ってエサを食ってたんだろうね。それであそこまで発達したんだと思う」


2. 『ゴーイチとゴーロク』
―― さて、ロッドについてですけど、今回は5フィート6インチを使いました。伊藤さん的に渓流での使用頻度が高いゴーイチとの違い、センチにして約13cmの違い。これはぜんぜん違います?

伊藤 「まずキャストに関して言うと、同じカスタムで、マックスまでブランクを曲げてフルキャストした場合、ゴーイチの方が感覚的に1.3~1.5倍はリリースのタイミングが難しいと思う。ゴーロクの方が、バックスイングからのティップの返りがゆっくりな分、タイミングがつかみやすいよね。ルアーの飛距離についても、性能をきっちり引き出せばゴーロクの方が飛ぶよ。ゴーイチと比べて、溜めの利くセクションを長く設計してるし、全体の長さを支えるためにボトムも強くしてあるから」

―― 水中のルアーに対する操作性はどうですか?

伊藤 「言うまでもなくゴーイチが上。誘いの微妙なニュアンスを表現しやすいし、その展開も速い。瞬間瞬間に応じて、より機敏にルアーを操作できるよね。狭い空間での取り回しの良さも大きなメリットだし、山岳渓流のアップストリームに使うなら、やっぱりゴーイチ。ショートになるほどいろんな意味でピーキーになるのも事実なんだけど、欠点をカバーしつつ長所を引き出す面白さも、自分的には大きいかな」

―― ゴーロクでは誘えない、ということじゃないですよね(笑)。今回の釣行でも、ゴーロクのロッドですごくキビキビとミノーにヒラを打たせてました。

伊藤 「ゴーイチと比べたら機敏性には劣るけどね、ちゃんと誘えるよ。それに、その機敏性の差に多少は目をつむれる状況であれば、今度はゴーロクのメリットが出てくる。ブッシュの少ない開けた渓相で、川幅も水量もそこそこある所で、サイドとかダウンクロスの釣りを展開するならゴーロクだと思う。溜めが利く分、釣りの流れに余裕が生まれるよね。ストロークが長いだけ当然、岩とか手前の流れをかわすのにも有利だし、ライン処理も楽。重いルアーをキャストするときも、綺麗な弾道で飛ばしやすい」

―― やはりそれぞれに長所と短所があって、どっちの長所が自分にとって重要なのか、ということですね。他にゴーロクのメリットはあります?

伊藤 「何と言っても、魚を掛けてからの安心感だよね。これはぜんっぜん違う。掛けた魚がバレるというのは、魚が暴れたときにできるラインテンションの緩みが大きな原因になるわけだけど、ゴーロクはストロークが長い分、ロッドがしなってそのテンションを保ってくれる幅が広い。最近はプレッシャーのせいで、テールフックをちょんとつつくようなアタックが多いからさ、完璧に食わせたつもりでもバレることがあるでしょ。そういうシビアなバイトに対しても、溜めの利くゴーロクは安心。特に40cmクラスのスーパーヤマメなんて、そのアタックは千載一遇のチャンスなわけだし、最後の最後でミスはしたくないよね。ゴーイチだと、テンションを緩めないように注意する余り、ラインを張り過ぎてしまってそれが口切れにつながったり、浅掛かりだったらフックが伸びたり、ということにもなりかねない。例えばゴーイチを使って、バラシが1割程度の人だったら、ゴーロクを使えばほぼ100%獲れると思う。それくらいのアドバンテージがゴーロクにはあるんだよ」

―― 確かに、ゴーイチでのやり取りは、微妙なテンションを保つためにロッドの操作とかリーリングで細かく補っているのが見ていても分かりますね。ゴーロクを使った今回は、あのサイズの魚がガンガン暴れてるのに、やり取りは安定しているというか、まったく危なげなかったです。もう獲ったも同然って顔でやり取りしてましたよ(笑)。

伊藤 「じっさいバレる気はしなかったもの(笑)。ロッドが溜めてくれる分、余裕ができるからね。強い魚だったけど、それをじっくり楽しめるっていうのがゴーロクのいいところだと思う」














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