イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

FIELDISM
Published on 2010/05/07

色取月ゆるゆる陸奥紀行
其の四
「完結」

2009年9月某日
岩手の川×うぬまいちろう、伊藤秀輝
文=うぬまいちろう
写真=佐藤英喜

 

 陸奥のアニキこと伊藤さん曰く、

「山神様の祟りでねぇのぉ……」
と、声を震わせた、予期せぬパンク&バルブ劣化事件も事態収拾。ボクらは気を取り直して次なる流れに至る……。

 ゴロゴロとした岩を遡り、徹頭徹尾(てっとうてつび)一投入魂で至極丁寧に探るも、ここでもボクらを待っていたのは、奇特な御仁達が残していった、あまたの足跡であった。

「よし! んだば次行ってみるっちゃ~!」

 こういうとき、アニキのアッパーで前向きな性格が、大いなる原動力となるのだ。気を取り直して次の流れ、そして更に次の流れへと、ボクらの巡礼は続いたが、行く先々でベタベタと足跡の洗礼が……!

 シーズンオフを目前に、ラストに良い釣りをしたい気持ちは皆同じである。それにしても、このフェルトソールが残していったカオスは、いと凄まじきものである。

「ろ、6年目の陸奥、恐るべしぃ~!」

 4本目の流れに至った頃には、さすがに少し足が重く感じられたボクであったが、アニキはというと、身軽に藪こぎして斜面を下り、

「あはあはあはぁ~! ここ、こっちだやぁ~」
と、嬉しそうに手招きするのである。

 さすがは百尺竿頭一歩を進む(ひゃくしゃくかんとういっぽをすすむ)スパルタ釣り集団の首領様……。いったいなにを食えばこんなにタフで身軽になれるのかと尋ねたら、

「んん~、秋は山栗とかキノコだやなぁ~!」
と、漠然とした真面目な回答が返ってきた。

「山栗は早く拾わないと、リスが持ってっちゃうんだなや~! リスも美味しいもの知ってるんだなやぁ~、あはあはあはぁ~!」

 なるほど、リスちゃんもグルメなのか~、と感心しながら、栗を取るリスというコトバが、脈絡無くココロのヒダに引っかかったボク。

「栗取りリス……」

ああっ! イケナイ! こんな話、ここではやめておこう……!

 さて、気分新たに四度目の正直! と望んだ流れは、トロリとした甘きお水が、やや斜度の低い里を縫って流れる女性的な景観の川であった……。

 午後の木漏れ日はきらきらと輝き、モアレ状に渦を巻いて、緩やかな流れに鮮やかな模様を描き出す……。

 相変わらず川岸にはフェルトソールの跡がビッシリと残っていたが、ココロは決めていた。いまさら野暮な心配をしても仕方ない。

「心頭滅却、色即是空、レット・イット・ビー、ケ・セラ・セラ……」

 魂を静め、素晴らしき眺望にしばし息をのみ、少し冷たい山の空気を、ゆっくりと胸一杯に吸い込む。

「うぬまさん、そこ、そこだっちゃ……、その流れがぶつかってるところ……」

 アニキが約束の場所を指さして、小声でささやく。二人しかいないのにアニキが思わず小声になってしまうのは、凛々しき川狩人の血が母なる川の流れのように、熱きカラダに脈打っているからである。

 ボクはうんうんと頷き、風下から腰を低くして静かに獲物に近づく狩人のように、そっと息を潜めて、その約束の場所に蝦夷を投入した。

 蝦夷はピュン!と飛んでポチャリ!と着水。小さな波紋が一瞬甘き水の上に広がり、すぐに流れに消されたが、その着水地点は、残念ながら、お約束の場所であるメインストリームから、少し外れた反転流の中であった。

「ほげっ! ちゃ、着水失敗!」

 それでも大事にと、クィ!クィ!とトゥイッチを数回かませながら、蝦夷にイレギュラーな動きを与え、命を吹き込む……。

 すると4回目のクィ!で電光石火の如くブリリッ!となり、果たしてそれはやってきたのである……。

「う!」

「あ!」

「出た……!」

「やった……!」

 小さなキャストミスが運んでくれた、大いなる幸運……!

 シーズン終了間際の、スレッカラシの流れを行脚しての、午後の快挙であった。

「やったぁ! やったなやぁ! 決まったよぉ! あはあはあはぁ~!」

 アニキがメッチャ嬉しそうに笑う。

 これ以上笑うと、たぶん顔の皮が張り過ぎて切れてしまうに違いない。それは本当に最高の素晴らしき笑顔であった。

 なんだかその顔と笑い声がとても面白くて、

「うははははぁ~! ははははひひひ~!」
と、ボクも釣られて笑ってしまった。流れの潺(せせらぎ)をかき消すその笑い声は、深き谷に木霊して、やがて蒼き山々の霧の彼方に吸い込まれていった……。

 さて、ネットの中のヤマメちゃんは、河原の喧噪など何処吹く風である。

 色取月の由来の如く、ギットリとビビッドに色付き、磨かれた琥珀のようにヌラリと煌めいて鮮やかに輝き、のぞき込むボクらを妖艶にいざなうのである……。

 それは尺を超えるようなおサカナではなかったが、ボクにとっては尺上を超えた、大きな喜びと幸せをもたらしてくれた、美しき良きおサカナであった。

「6年越しの夢、里川のヒラキにて成就セリ……!」

 色取月のお日様が少し傾いて木漏れ日は薄く朱に色づき、その甘き水の流れは、金色に染まり始めていた。

 良き釣りと良き旅を……。

 ラヴアンドピース!

 


伊藤のコメント
「なかなかタイミングが合わなくて、会って一緒に釣りをしたのは6年振りのことだけど、その歳月をまったく感じなかった。一瞬で当時に戻れて、本当に楽しい時間を過ごせたよ。ヤマメのイラストもすごくカッコよくて、感動しました。気合を入れて描いてくれてありがとう。 宝物にします。またこっちに遊びに来るのを楽しみに待ってます」

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510UL/ITO.CRAFT
REEL Luvias 2000/DAIWA
LINE Applaud Saltmax Type-S 4Lb/SANYO NYLON
LURE Emishi 50S & 50S Type-Ⅱ/ITO.CRAFT

ANGLER


うぬまいちろう Ichiro Unuma


イラストレーター

1964年、神奈川県生まれ。メインワークのイラスト制作のほか、ライター、フォトグラファーとしても各メディアで活躍中。日本各地をゆるゆると旅しながら、車、アウトドア、食、文化風習などをテーマにハッピーなライフスタイルを独自の視点から伝えている。釣りビジョン「トラウトキング」司会進行。モーターマガジン誌の連載「クルマでゆるゆる日本回遊記」では、キャンピングカーで日本一周の旅を敢行中。