イトウクラフト

TO KNOW FROM FIELD

FROM FIELD

大ヤマメの世界
Published on 2015/01/30

大ヤマメの世界 その5
『夢の魚と出会うための心得』

インタビュー:2015年1月

 夢の魚を手にするためには、一体何が必要なのだろう。

 小手先のテクニックや後付けの理論ではなく、理想の大ヤマメと出会うために伊藤が大切にし続けている心得を聞いた。

 ちなみに伊藤にとっての理想の大ヤマメとは、大型のヤマメの中でも居着きの、限られた狭い活動範囲の中で生涯を過ごす個体である。今回掲載しているヤマメもその一尾。

 居着きの大ヤマメは、釣り人の出入りに対して日常的に強い警戒心を抱いており、当然そのポイントの攻められ方も熟知している。例え雨が降って水が入れ替わってもスレがリセットされにくく、水の条件がハマっている時でさえ尋常ではない注意深さと賢さを備えている難解極まりない相手だ。

 しかしその難しさの裏には、究極の美しさがある。単にサイズではなく、体表を覆うウロコの質感、色彩、パーマーク、もちろんプロポーションや顔付きなど、伊藤がヤマメの質を追い求める先に居着きの大ヤマメがいるのだ。

 そんなヤマメを実際に手にし続けている伊藤は、「単純な方程式や近道があったら逆に面白くないでしょ?」とあっけらかんと言う。釣り続けている者だけが知る難しさとはどんなものなのか。何か秘策めいたものが果たしてあるのか。全ての答えは長い経験の結晶なのである。

 伊藤の釣りの軸となっているもの、思考の根幹に耳を傾けてみよう。



―― 釣りとの向き合い方で、現在の釣果に直結しているのはどんな部分でしょうか?


伊藤 いつも言ってることだけど、これだけ様々な情報があふれている時代であっても、あくまで現場に足を運んで、やっぱり自ら経験して学ぶということだよね。相手は自然の生き物なんだから、そう人間の思い通りには枠にハマってくれない。だから釣り人は引き出しをどんどん増やさないといけない。いいタイミングだけを計って釣りに出かけてたら本当に限られた小さなものしか経験として残らないし、それではシビアな状況で魚を釣る術なんて身につかない。本当の意味の引き出しというのは、自分の経験の中からしか得られないものだよ。

 釣果とテクニックを安易に結びつけて考える人が多いけど、それよりも先に身につけるべきなのは、努力して少しでも向上しようとするメンタルの部分じゃないかな。どの世界でも一緒で、ラクしたり妥協したりしたら、必死で頑張ってる人にすぐに追い越されてしまう。


―― 状況が厳しくて思うように釣れない日でも、得ることはあると?


伊藤 少なくとも自分はそう考えて釣りをしてきたけどね。例えば、今日すごく釣れた場所に次の日も行ってみたり、他の釣り人が叩いた後にあえて入ってみたり。釣れないだろうなって分かってる時でも釣りに行く。ようするにどんな意味があるかと言うと、いろんなシチュエーションごとに魚の反応を前日に予測して、本当にそうなるかを確かめに行くわけ。そして予測が外れたら、その原因をひとつひとつ考える。そういうことを繰り返してると、現場で魚の反応をみて、そこから状況を判断して釣りを組み立てる能力が少しずつ身についてくる。これはもうまさに経験の積み重ねで、キャスティングのように何かコツがあるわけじゃない。ハタから見たら無駄な苦労に思えるかもしれないけど、俺の場合、そういう若い頃の無駄の蓄積があってこそ今の釣りがあるんだよ。

 今どきの渓流は、強烈なプレッシャーによって年々シビアな状況が確実に増えてるよね。その中で、釣りも進化させ続けなきゃいけない。で、その進化の過程というのは、過去にフィールドで学んで得てきたことがベースになって、それをアレンジしたり複雑に組み合わせたりして、その状況状況に当てはめていく、という作業が基本になってる。


―― 確かに、現場での臨機応変さは目に見えて重要になってると思います。


伊藤 もし、タイミングやポイントが全てだと思ってる人がいたら、それは活性の高い、スレてない魚だけを狙う話であって、いい魚をコンスタントに釣ろうと思ったら、もっともっと深い世界が確かにあるんだ。自分としては苦労を重ねて釣った魚にこそ価値があるし、尺ヤマメを日頃コンスタントに釣ること、その延長線上にいるのが大ヤマメだと思ってる。そういう過程があって初めて、理想の魚を手にした時に心底喜べるんだよ。


―― 自分なりに魚の価値を考える上で、他にも基準はありますか?


伊藤 理想とする魚は人それぞれだけど、本当に釣りたい魚は自分で探すということ。あれこれ頭を悩ませて、歩きまくって、それで最終的に辿り着いたポイントが例えすでに実績のあるポイントだったとしても構わないんだ。自分で探し出した方がずっと価値があるし、大事なのは心から満足できるかということ。誰かから聞き出したポイントや案内された場所で釣っても、それは自分の魚じゃないと思う。すぐに結果を求める気持ちも分かるけど、誰もあてにすることなく、自分の魚は自分で探す。その辺りの考え方も昔からずっと変わらないね。


―― 全ては『現場で』『自分の力で』ということですね。


伊藤 いろんな川でいろんなタイプのヤマメを釣って、注意深くそれぞれの個性を眺めていくことで、自分にとっての理想の魚がだんだんと見えてくる。すると、その魚を釣るために必要なことは何かって考えるようになる。つまり、より深くヤマメの魅力を知ることが自分を向上させるきっかけにもなるんだよね。

 この釣りを始めて間もない人やまだ経験の浅い人であれば、それだけ様々な発見をする喜びがたくさん残ってるということだよ。釣りを生涯の楽しみにするなら、体力と時間のある若いうちに、苦労を惜しまずフィールドでがんがん勉強しないと。人から聞いた話とかじゃなく、教材はいつも現場にあるんだから。


―― 釣りに対する姿勢の面で、他に大切にしていることはありますか?


伊藤 これも自分の中では当たり前のことだけど、ひとりで釣りに行って、ひとりで考えるってことかな。自然との対話、魚との対話だから、ひとりで向き合ってこそ感性も豊かになると思う。もちろん何かの機会に友人と出掛けることもあるけど、やっぱりそれは別物で、釣りを通して友人と一緒に過ごすことが目的なんだよね。自分にとっての本当の釣りは、限られた釣り人生の中で、どれほどの美しい野生を目の当たりにできるかという、宝探しであり、己との戦いなんだよ。


―― 確かに撮影のために同行しても、うかつに声も掛けられない雰囲気が漂ってます(笑)。


伊藤 持てる全てを注ぎ込んで、ようやく姿を見せてくれる魚が相手だからね。幾万回のキャストの中でたった一瞬のチャンスをつかむために川を歩き続けてるんだ。



【付記】
 薄紙を重ねるように地道に経験を積んでいくことの大事さは、それを実践し続けてきた伊藤の釣りがそのまま表している。確かにその成果はわかりづらいもので、普段の努力や苦労が本当に何かの役に立っているのか不安になることもあるかもしれない。しかし、ひたすらフィールドに足を運び、情報もろくにない時代からひとりで考え、ひとりで魚を釣ってきた経験がまさに血肉となって今の伊藤の釣りがあることを忘れてはいけない。

TACKLE DATA

ROD Expert Custom EXC510ULX/ITO.CRAFT
REEL Cardinal 3/ABU
TUNE UP Mountain Custom CX/ITO.CRAFT
LINE Cast Away PE 0.6/SUNLINE
LURE Emishi 50S 1st Type-Ⅱ[ITS]/ITO.CRAFT
LANDING NET North Buck/ITO.CRAFT

ANGLER


伊藤 秀輝 Hideki Ito


1959年岩手県生まれ、岩手県在住。「ルアーフリーク」「トラウティスト」などのトラウト雑誌を通じてルアーフィッシングの可能性を提案してきたルアーアングラー。サクラマスや本流のスーパーヤマメを狙う釣りも好むが、自身の釣りの核をなしているのは山岳渓流のヤマメ釣りで、野性の美しさを凝縮した在来の渓流魚と、それを育んだ東北の厳しい自然に魅せられている。魚だけでなく、山菜やキノコ、高山植物など山の事情全般に詳しい。
2023年12月6日、逝去。享年65歳。